眼鏡女子の恋物語

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いつからだったか覚えてないけど。見るたび本を読んでるその女を。最初は苦手だった気がする。


「おはよう。越前くん」
越「…はよ」


でも席替えで前の席になって。暇さえあればやっぱり本を読んでて。そのうえ眼鏡で。でもその奥の目は結構綺麗で。

クラスの中にはもっと可愛い女も。お洒落な女もいるのに。話してみたいと思ったのは何故だか彼女だった。


「ちょっと聞きたいんだけど、この学校で背がこれくらいでこんな髪型の人知ってる?」
『んん?』


声と一緒にシャーペンで何かを書く音が聞こえる。いつものことながら聞こうとしなくても勝手に会話は耳へ入る。


『それ、大石先輩だよ』
「大石先輩?」


聞きなれたその名前。思わず反応する。今まで会話に入ろうなんて思ったことなかったけど。はじめて出てきた男の名前に仕方なく振り向く。


越「大石先輩がどうかしたわけ?」
「え?」


目が合った彼女は驚いている。まぁそりゃそうだ。会話に入るなんてはじめてだから。自分がそうさせてるなんて気付いてないだろうけど。


「今朝、ちょっと助けて貰っちゃって。名前も聞いてなかったなって思って」
越「ふーん」


助けて貰っちゃって、ね。あの人の好い大石先輩のことだ。相手が誰でもきっと同じことをしてるだろう。

わかっててもムカつくものはムカつくわけで。これ以上聞くまいといつもの様に机の上に伏せる。

しばらくすれば先生が入ってきて会話は中断する。正直、そんなに男受けするような奴じゃないから焦る必要なんてないと思ってたけど。


『あ、名無しさんってばなんか食べてる』
「しー。内緒」
『珍しいじゃん。何食べてるの?』
「梅ガム。眠気覚ましにって今朝、大石先輩に貰ったの」
『へぇ〜。優しいんだね』
「うん。すごく親切だった」


微かに香る梅の匂い。それがどうしようもなくムカついて。らしくもなく教室を出た。具合なんてちっとも悪くないくせに。

保健室には行かずに図書室へ向かった。あそこが1番見つかりにくい。鍵の隠し場所も知っている。図書委員をやってて良かったと思う。


越「…親切、ね」


一冊の本を手にとって貸し出しカードを抜き取る。そこに書かれた名前。きっと彼女は自分が図書委員だということも知らないだろう。

てゆうか。そもそもこんなイラついてるのにかなり驚いている。ただ少し気になってるだけだと思ってたのに。


越「バカじゃん、俺」


小さく呟く。こんなしっかりヤキモチ妬いてるくせに。気がつかなかった。パラパラと本を捲れば彼女の姿が浮かぶ。

気がつけば授業は終わってて。本をなおして図書室を後にする。さっさとご飯を食べて昼寝をしよう。


桃「よ、越前!やっぱここか」
越「……俺の睡眠を邪魔しないでくれます?」
桃「まぁそう言うなって!聞け!ビックニュースだ!」
越「どうせ大した内容じゃないっしょ。俺眠たいんで」
桃「あ、こら!!ちゃんと聞けっての!!」
越「あーはいはい。なんすか?」
桃「へへ。聞いて驚け!なんと、あの大石先輩が女と2人きりだったんだ!!」
越「…は?」
桃「ほらみろ!ビックニュースだろ!!」
越「…そうっすね」


本当にこの人は。どうしてそうゆう余計な情報をわざわざ教えてくれるのか。なんとなく、相手は彼女だと思った。


桃「ほら、来いよ!」
越「は?なんすか」
桃「見に行こうぜ!きっとまだその辺にいるからよ!」
越「いや、俺は別に…」
桃「つべこべ言わずに行くぞ!!」
越「ちょっ桃先輩!」


強引に連れて行かれる。このくそ馬鹿力。心の中で悪態づいてため息をつく。桃先輩は急に立ち止まって見ろ、と自販機の方を指差す。

そこにはやっぱり彼女と大石先輩が居た。何も知らないからしょうがないけど。


桃「な?!ほんとだったろ?」
越「…桃先輩。一発殴ってもいいっすか」
桃「は?!な、なんでだよ!!」
越「なんとなく。ムカつくから」
桃「なんだそりゃ!理由になってねーな、なってねーよ」
越「俺、もう昼寝するんで。ついてこないでくださいね」
桃「んだよ。不機嫌だな〜」


誰のせいだか。さっさとその場を離れていつもの昼寝場所へ戻る。だけどさっきの光景が頭をちらついて寝られない。


越「……ちぇ」


ため息と一緒に起き上がって。わざわざ遠い方の自販機へ向かった。また鉢合わせでもしたら大石先輩を嫌いになりそうだ。


大「あ、おーい。越前!」
越「…大石先輩」


神様なんて信じてないけど。もし居るならそいつは絶対意地が悪いと思う。まぁ1人だからまだいいけど。


大「調子はどうだ。元気か?」
越「は?まぁ、元気っすけど…」
大「そうか。ならよかった」
越「なんすか。急に」
大「いや、さっき野々村さんに越前が体調が悪いって聞いてさ」
越「…野々村に?」
大「ああ。心配してたぞ」
越「…そうっすか」
大「元気ならいいが無理するなよ。じゃあまた部活のときにな」
越「うぃっす」


驚いた。彼女が自分の話をしていたことも。気にしてくれていたことも。我ながら単純だと思う。

ただそれだけで、嬉しくなっている。


越「あ…」
「やっぱり。越前くんだ」


たまたま通った中庭。そこには偶然にも彼女が居て。俺を見つけると立ち上がって穏やかに微笑む。


越「…何してんの」
「水やり。私、園芸部だから」
越「へぇ。帰宅部かと思った」
「ふふ。放課後は殆ど活動してないもんね」


やっぱり神様って結構いい奴かもしれない。なんて柄にも無く思ってしまう。なんとなく視線を彼女から花壇へ移す。


越「それ、何?」
「えっと……何だったっけ?」
越「…自分で植えたんじゃないわけ」
「そ、そうなんだけどね。芽ってみんな似てるから」
越「駄目じゃん」


思わず口元が緩む。そういえば向き合って話すなんて珍しい。いつもは前後で。こんな風に顔を見れないから。


越「心配、してくれてたんだって?」
「え?」
越「大石先輩に聞いた」
「あ、うん。お節介だとは思ったんだけど、珍しかったから…」
越「ありがと。もう平気だから」
「そっか。よかった〜。前の席がいないとなんだかすごく寂しかったんだ」
越「…ふーん」


なんて何でもないようなフリをして。内心喜んでることなんて。彼女は知りもしない。夢にも思ってないだろう。


「あ、そろそろ戻らなきゃ。昼休み終わっちゃうよ」
越「野々村」
「ん?」
越「これ、あげる」
「え…」


思わず言いそうになってしまった想いを隠すために。買ったばかりの炭酸飲料を差し出す。それを受け取る彼女。


「いいの?」
越「ん。心配してくれたお礼」
「ふふ。ありがとう。嬉しい」
越「そう」


なんだか本当に嬉しそうだ。そんなに炭酸が好きそうには見えないけれど。たかが110円でその顔が見れるなら安いものだ。

ありふれた日々が少しだけ色づいて。心が弾んでいる。なんていうか、ほんと今更だけど。彼女が好きなんだと思った。


『あれ。珍しい組み合わせじゃん』
「偶然出会ったの。ね?」
越「ん」
『そうなんだ。あ、名無しさん!ラッキーアイテム!』
「し、しー!!声大きいってば!」
『あ、ごめんごめん。なによ〜やっぱり恋愛運気にしてるんじゃーん』
「うるさいなぁ。いいでしょ別に」


恋愛運、ね。やっぱり気になる人がいるんだろうか。そう考えるとまたムカついてくる。まさか大石先輩だったりして。

大体、好きでもない奴に優しくすんなよ。いい人なのはわかるけど。いっそさっさと彼女でも作ればいい。

なんて、わかってる。大石先輩は何も悪くない。俺の勝手なわがままだ。だけど、嫌なもんは嫌なわけで。


「越前くん」
越「…なに?」
「プリント、回してくれる?」
越「ああ、ごめん」
「ううん。ありがとう」


驚いた。前後でも話しかけられることなんて滅多にないから。まぁ大体が今みたいな内容なわけだけど。


『終わったー!部活だ部活ー!』
「頑張ってね」
『名無しさんは今日も図書室?』
「うん。夜はちゃんと寝ないといけないし」
『あはは。そうだね!じゃあまた明日!』
「うん。バイバイ」


いちいち些細なことにムカついて。ヤキモチ妬いて。振り回されてるみたいでなんだか悔しいし。

やっぱり他の誰かにとられるとか嫌だし。俺も男だし。好きな奴ってのは独り占めしたいもんだから。


越「野々村」
「越前くん。部活行かないの?」
越「俺、今日当番なんだよね」
「え?越前くんって図書委員だったの?」
越「そう」
「そうなんだ。今まで全然会わなかったね?私、結構図書室行ってるのに」
越「今まではサボってたから」
「あ、なるほど。確かに委員会の人いないこと多いかも」
越「みんなルーズだから」
「ふふ。みたいだね。まぁ人もあんまり来ないもんね」
越「ん。やることないし暇なんだよね」
「じゃあ、今日はどうして行く気になったの?」
越「…あんたが行くから」
「…え?」


驚いんだろう。眼鏡の奥の瞳がいつもより大きくなる。どういう意味かわかってるの知らないけど。


越「行かないの?」
「あ、い、行くよ」


立ち止まってる彼女に言う。少し焦ったようにまた歩き出す。戸惑っているんだろう。でも、それでいい。


越「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」
「え?あ、なに?」
越「大石先輩のこと好きなわけ?」
「………へ?」
越「言っとくけど、男としてだから」
「え、えええ?!ど、どうして?!」
越「仲いいみたいじゃん」
「だ、だって今日知り合ったばっかだよ?!」
越「それ、関係ある?」
「な、ないの?」
越「さぁ。俺は好きになるのに時間は関係ないと思うけどね」
「そ、そっか。そういうものなんだね…」


少し赤くなっている頬。戸惑っている表情。なんとなくわかった。きっと彼女は好きってこと自体あんまり知らないんだろう。


「え、えっと……私、そういう感情がいまいちわからなくって…」
越「みたいだね」
「だから…大石先輩のこともいい人だと思ってるけど好きとかじゃ、ないよ?」
越「ん。わかった」
「う、うん」
越「あ、けど。俺がそんな話したからって大石先輩のこと意識したりしないでよね」
「え……」
越「わかった?」
「う、うん…。わかった……」


素直に頷く彼女。可愛い奴。そんな姿を見て自然と笑ってしまうのはしょうがない。まだ恥ずかしそうに視線を泳がせている。

まだ芽生えたばっかりの想い。始まったばかりの関係。とりあえずもっと俺のことを意識すればいい。


越「なんか借りて帰るわけ?」
「あ、ううん。多分借りないと思う」
越「そう。じゃあ帰るとき声かけて」
「…うん」


貸し出しカウンターに座って暇つぶし用のマンガを読む。彼女は戸惑いながらもいつもの様に読書を始めたみたいだ。

静かな空間。カウンターから見える彼女は真剣に本を読んでいる。けれどどこか楽しそうにも見える。


越「子どもみたい」


ボソッと呟く。だけど彼女はまったく気付いてないみたいだ。そういえば本を読むと周りの音聞こえないんだっけ。

立ち上がって近くに行く。それでも彼女はまったく気付かない。向かいに座っても反応はなし。少し面白い。


越「…野々村」


名前を呼んでも返事はない。ここまで夢中だと少し妬けてくる。長くなりそうだと思って机に伏せる。

いつもなら部活をしている時間。賑やかなグランドとは反対に静かな図書室。気持ちよく眠れそうだ。



「……ふう。っわ!え、越前くん?!」
越「すー……」
「…ね、寝てる、の?」
越「………」
「ビックリした〜。いつの間に向かい側に座ってたんだろ……」


彼女の声にうっすらと意識が戻る。だけどまだ瞼を開けるのは面倒だった。


「……ほんと綺麗な顔だなぁ。越前くんって」


ひとり言のように呟くその声が。俺に届いているなんてきっと思ってもないだろう。


「…越前くん。私、自惚れちゃいそうだよ」
越「……へぇ。なんで?」
「えっ?!お、起きてたの?!」
越「今起きた」


なんて。本当はちょっと寝たフリだったけど。あんな事聞いたら起きないわけにはいかないよね。


越「で?なにが自惚れそうなわけ?」
「そ、それはっ……その…」
越「なに?」
「っ…え、越前くんが……私を気にしてくれてるんじゃないかって…」


顔を真っ赤にしてそう言う彼女。やばい可愛い。抱きしめたいけど今そんな事したらばれてしまうから。


越「いいんじゃない?自惚れても」
「え………そ、それって…どうゆう意味?」
越「さぁね」


困っている姿が可愛くて。思わず笑ってしまう。もっと俺を意識すればいい。他の男なんて目にも入らないくらいに。

遠くで、下校時間を知らせるチャイムが鳴っていた。



























小さな変化〜another〜

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