眼鏡女子の恋物語

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あの日から。話す回数も増えて。明らかに意識してるなっていうのも見てわかるくらい。

俺としてはもう気付かれていいと思うくらいだけど。いや、もしかして気付いてるのかもしれない。


越「はよ」
「お、おはよう」


ワザとらしくそらされる視線。微妙だけど感づいてるけど確信はしてないって感じだろう。


越「今日は図書室行く?」
「あ、ううん。今日は行かない」
越「へぇ。最近全然行かないじゃん。何かあったわけ?」
「えっと、私、バイト始めたの」
越「バイト?」
「うん。だから放課後行けなくなっちゃって」
越「…ふーん」


面白くない。唯一2人きりになれるあの時間を奪われるのは。だけどそんなカッコ悪いことは言えない。


越「これからずっと?」
「ううん。週2だからそんなことはないよ。今は研修中だからちょっと多いけど」
越「なるほどね。なら良かった」
「…うん」


少し戸惑いがちに伏せられる視線。もういっそのこと抱きしめてキスをして好きだと伝えてしまいたくなる。

だけどそんな事出来るほどまだ彼女の気持ちに確信は持てていないから。


越「バイト、どこでやってるの?」
「本屋さんだよ」
越「…ほんと好きだね。本」
「うん。大好き」
越「楽しい?」
「楽しいよ!新刊チェック出来るしオススメの本についての紹介とか書く事もあるみたいなんだ」
越「そう。よかったじゃん」
「うん!」


2人の時間が減るのは嫌だけど。楽しそうだからまぁ良しとしよう。なんて朝の俺は思っていたのに。


大「あ、いたいた。越前!」
越「大石先輩。なんすか」
大「確か図書委員だったよな?ちょっと本を借りたいんだけど誰もいなくてさ」
越「そりゃわざわざどうも。貸し出しカードに名前書いて箱に入れときゃいいっすよ」
大「そうか。わかった」
越「…その作家」
大「え?ああ。これかい?野々村さんにオススメされてね。読んでみようと思って」
越「…へぇ。仲いいんすね?」
大「え?うーん。まぁ悪くはないかな。同じバイト先だしね」


そんな事を聞いたら素直にああ、そうですかなんて思えるわけなくて。俺と2人の時間が減ったぶん。

それは大石先輩との時間に変わってるわけで。そう考えるとどうしようもなくムカついて。


菊「あれ。おチビじゃん。どったの?」
越「菊丸先輩。大石先輩のバイト先って知ってます?」
菊「ああ。知ってるよん。隣駅にある大きな本屋」
越「どもっす」
菊「あれれ?部活でないの?」
越「ちょっと用あるんで」
菊「ちぇ。大石もバイトだしみんな忙しいんだな〜」


菊丸先輩の声を背中で聞きながら足早に学校を後にする。普段は来ない駅。見ない風景。

行ってどうするとか。そんな事考えてもないけど。じっとしていられない。


『あれ。越前くん!』
越「…何してんの」
『私は名無しさんのバイト姿を一目拝もうと思って!越前くんは買い物?』
越「…そう」
『へぇ〜。本読んでるイメージなんてないのに、意外だな!』
越「……あのさ」
『ん?』
越「野々村ってなんでバイト始めたわけ?」
『あ〜それは秘密!乙女の事情ってとこかな〜』
越「…ふーん」


ガラスドアの向かう。見えた2つの人影。お揃いのエプロンをつけて笑いあってる。黒い感情が湧きあがる。


『あ、名無しさんじゃん!大石先輩も本当にいる〜!』
「…あれ。まゆ?!」
『やっほー!来ちゃった!』
「もー!恥ずかしいから来ないでって言ったのに…」
大「やぁ。山本さん」
『こんにちは〜!大石先輩!』


俺達に気付いてドアをあける彼女。その後ろにいる大石先輩。駄目だ。黒い感情が止まらない。


『あれ?越前くん。帰っちゃうの?』
大「え?越前も居たのかい?」
『はい。さっき偶然出会って』
「…珍しいね。本屋さんに来るなんて」
『うん。私も思った!』
大「帰っちゃったのか。残念だな」


他の男と仲良くするなとか。近づくなとか。そんな事言えるわけがない。俺は所詮ただのクラスメイト。

駅まで走ればさすがに息は乱れてしまう。だけどドロドロとした思いはまったくなくならない。


越「…ムカつく」


あんなにわかりやすくアプローチしてるっていうのに。とっくに気付いてもおかしくないのに。

なんて。肝心な言葉は一度も伝えていないくせに。勝手な話だ。



「あ、越前くん。おはよう」
越「…はよ」
「昨日、本屋来てたんだよね?何か探してたの?」
越「…別に」


思い出す昨日の光景。彼女は何も悪くないとわかってるのに。腹が立ってしょうがない。


「どんな本?良かったら探そうか?」
越「いい。いらない」
「…越前くん?なにか怒ってる?」
越「気のせいじゃない」
「そう?ならいいけど…」


かっこ悪い。こんなのただの八つ当たりだ。勝手に嫉妬して。冷たい態度をとって。

だけど冷静でなんていられない。他の男となんて関わるなよ。俺だけ意識してればいいのに。


越「…なんて、自分勝手すぎか」
「え?何か言った?」
越「なんでもない」
「…あのね、今日、図書室行こうと思うんだけど……一緒に行く?」


初めてだった。彼女から誘ってくれたのは。だけどそれはきっと俺の様子がおかしいから。

気を使ってくれているんだろう。自分が情けなくて笑えてくる。


越「行かない」
「そ、そっか。わかった」


そう言って彼女は本に視線を落とした。失敗した。だけど今は2人きりにならないほうがいい。

きっと押さえきれなくなってしまうから。


桃「お、越前!なんか辛気くせぇ顔してんなぁ!」
越「…放っといてください」
桃「水くせぇな、水くせぇよ!俺に相談してみろって!」
越「遠慮するっす。絶対ややこしくなる」
桃「生意気だな〜。んな事ねぇっての!」
越「…じゃあ聞きますけど、桃先輩って彼女います?」
桃「え?い、いねぇけど…」
越「そうっすよね」
桃「ちょっと待て!お前!どういう意味だ〜〜!」


わかってる。こんなこと誰に言ったって無駄なんだ。このドロドロした感情は。彼女しか取り除けない。


桃「そういやお前、ずっとここに居んのか?」
越「そうっすけど」
桃「おいおい。授業出ろって」
越「たまにはいいじゃないっすか」
桃「まぁいいけどよ。さっきお前を探してた奴いたぜ」
越「へぇ」
桃「へぇってお前な…。確か眼鏡かけた子だったぜ」
越「…それ、いつっすか」
桃「え?あー昼休み始まってすぐだったかな。って、おい!どこ行くんだよ?!」


眼鏡かけた奴なんてたくさんいるし。先生になにか頼まれたとかかもしれない。それでも体は勝手に動く。

桃先輩の言葉に返事もせずまっすぐに教室を目指した。


『あ、越前くん。ずっと授業サボってどこ行ってたの?』
越「野々村は?」
『名無しさんなら大石先輩のとこだよ。なんか借りた本返しに行くとかって言ってた』
越「…そう。どーも」
『あ、ねぇ、ちょっと待って!』
越「なに?」
『越前くんってもしかして名無しさんのこと好きなの?』
越「…そう見える?」
『んー、うん!見える!』
越「じゃあそうなんじゃない」
『な、なにそれー!超気になる!!』
越「悪いけど、まだ本人にも言ってないんだよね。だからあんたには教えられない」
『え…それって……』
越「それじゃ」


もうグダグダ考えるのはやめた。柄じゃないし。いちいちムカつくのも疲れるし。それにやっぱり。

俺以外の男を気にしてるのなんて許せない。


越「野々村!」
「越前くん?どうしたの?そんなに急いで…」
大「え?越前?」
越「ちょっと来て」
「え?な、なに?」
越「いいから」


大石先輩と話してた彼女の腕を掴んで強引に歩き出す。大石先輩の戸惑ってる様子も。彼女の困った顔も構ってられない。

足は自然と図書室に向かった。後ろから聞こえる彼女の声には一度も答えずにたどり着く。


「え、越前くん……?」
越「俺のこと、探してたんでしょ?」
「え?あ、うん。そうなの。これ渡そうと思って…」
越「なに?」
「これね、読んだら心がすっきりするんだって」
越「…は?」
「越前くん、なんか様子おかしかったから…授業にも来なかったし何か悩んでるのかなって思って……」
越「…それで、これを?」
「ご、ごめんね。余計なお世話だった?」
越「うん。そうだね」
「う…。ご、ごめんなさい。やっぱりそうだよね」
越「でも、嬉しい。サンキュ」
「越前くん……」


気にしてくれていたこと。わざわざこの本を探してくれたこと。素直に嬉しかった。放課後じゃないけど。久しぶりに2人きりだ。


越「聞いてもいい?」
「ん?なに?」
越「あんた、なんでバイト始めたわけ?」
「え……。そ、それは…」
越「教えてよ」
「……恋、したくて」
越「は?」
「それならまず出会わなきゃってまゆに言われて…それで」


なんだそれ。やっと意識するようになったと思っていたのに。ただの勘違いだったのか。

それとももしかしてこれが答えなのか。わからないけどとにかくムカつく。


越「それで?相手役に大石先輩を選んだんだ」
「ち、違うよ。大石先輩は偶然で…」
越「でも最近仲いいみたいじゃん」
「それは同じバイト先だから……」
越「ふーん。で?出来そうなの。恋とかってやつ」
「…それは、まだわからない。でもまゆに言われたの。ちゃんと男として見てみろって」
越「へぇ。それで男として見てるんだ?大石先輩のこと」
「……うん」


ああ。駄目だ。ちゃんとゆっくり確実に。俺のことを好きにさせるつもりだったのに。

もう我慢なんて出来ない。気付いた時には彼女を押し倒していた。


「……え、越前、くん?」


怯えたような声。潤んでる瞳。その中に移ってる自分。そうやってずっと俺だけを見つめていればいいのに。


越「あんた、バカじゃないの」
「なっ……なんでよ?」
越「ムカつくんだよね。なんで俺にしないわけ」
「え?な、なに言ってるの?」
越「俺のことも男として見なよ」
「っ……」


揺れる瞳が。押さえつけてる腕の細さが。ゆっくりと理性を剥がしていく。考えるより先に、キスをした。


「!…んっ……んん」


状況を理解した彼女が抵抗する。そんなの無駄なのに。女が男に力で勝てるわけがない。

だけど彼女の瞳に光った涙に思わず力が緩んだ。次の瞬間、頬に鈍い痛みが走った。


「っ…最低!」


殴られたんだと理解したのは彼女が図書室を飛び出した後だった。ただ好きなだけなのに。どうしてこうなったのか。


越「…痛」


殴られた頬に触れる。初めて女に叩かれた。だけど殴られたところより。心のほうが痛かった。

泣かせてしまった。最低だと言われてしまった。後悔に押し潰されそうになりながら、目を閉じた。

























たくさんのはじめて〜another〜

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