白衣の天使?

□1
1ページ/1ページ



学生の頃。学校はそんなに好きじゃなかった。友達に会えるのは良かったけど。

木の机とか椅子とか。廊下とか校庭とか。なんていうか”学校”て雰囲気が嫌いだった。

そんな私でも好きだったのは制服と。それから―。


手塚「みんな、今日から新しく我が校に勤めることになった鈴木先生だ」
「鈴木沙耶香です。よろしくお願いします」


頭を下げると拍手が聞こえる。今日から私はこの高校の先生。最近出来たばかりの私立高校で先生は比較的若い人ばかり。

見渡す限り年寄りは見えない。というか男しか見えない。まぁ別にそこは特に問題ない。


手「副校長の大石だ。詳しいことは彼から聞いてくれ」
大石「初めまして。副校長の大石です。よろしく」
「よろしくお願いします」
手「では私は仕事に戻る。後は任せたぞ」
大「ああ。わかったよ」


校長である手塚先生もかなり若い。けれどどこか雰囲気のある大人の男性って感じ。校長室に入って行くのを見届けて副校長がこちらを向く。


大「じゃあまずは先生の紹介からだね。じゃあ、不二から頼むよ」
不二「国語担当の不二です。よろしく」
乾「理科担当の乾だ。この学校の事が知りたいなら何でも聞いてくれ。もちろん、個人情報でもいいぞ」
河村「乾。個人情報は駄目だよ。僕は公民担当の河村です。困ったことがあったらいつでも言ってね」
菊丸「はいはーい!音楽担当の菊丸でーす!よろしくねん」
桃城「体育担当の桃城っす。力仕事は任せてくださいよ」
海堂「数学担当の海堂だ」
越「英語担当、越前っす」
大「俺は家庭科担当で、校長の手塚が地理歴史担当だ」
「え?校長先生も授業をするんですか?」
大「そうだよ。生憎、人手が足りなくてね」
「そうなんですか」
大「後はもう1人、非常勤の美術担当の先生で全員かな」


学校の規模的にそんな大きくはないから少ないけど、と少し困ったように副校長が笑う。


大「それじゃあ、さっそく君の持ち場に案内するよ」
「はい。お願いします」
大「先生方もそれぞれ教室の方へ移動してください」


私と非常勤の先生を入れても11人。とゆうことは今紹介された9人の先生はそれぞれ全員担任をしているんだろう。


大「ここだよ」
「綺麗ですね」
大「まだ新しいからね。好きなように使って。そこの冷蔵庫も」
「あら。いいんですか?」
大「もちろん。今日からここは沙耶香先生の部屋だから」
「ありがとうございます」
大「分からないことがあったらいつでも言ってくれ。じゃあ俺も授業があるから」
「はい。ありがとうございました」


副校長が出て行って小さく溜め息をつく。とりあえず悪い印象はない。学校も綺麗だし先生もフレンドリーな印象。

ぐるっと部屋を見渡す。懐かしい匂い。目を閉じれば学生時代の風景が思い出せる。

私が好きだったもの。制服と、それから保健室。


(まさか、あの頃は保健室の先生になるとは思わなかったけど)


学生の頃。学校が嫌いだった私はよく保健室に入り浸っていた。具合が悪いわけでも。用事があるわけでもないのに。

それでも保健室の先生はいつも優しくて。時にはお菓子をくれたりした。私の学生時代の一番の思い出は保健室だろう。


(さてと。まずは場所の確認ね)


同じ保健室とはいえ今の私は先生の立場。何処に何があるかは把握しておかなければいけない。

片っ端から棚や扉を開ける。ベットは奥に2つ。それから私の机と椅子と冷蔵庫。悪くない。

大きめの窓からは校庭が見える。昼時なんかは日差しが入って気持ち良さそう、なんて思う。


(とりあえず、荷物整理しなくちゃ)


わざわざ購入したペン入れを机に置いてお気に入りのボールペンとシャープペンを数本入れる。

家から持ってきた保健に関する本を数冊並べてその中に愛読書の小説を忍ばせる。引き出しには大切な書類などを仕舞う。


(こんなもんかな…)


片付けもひと段落して立ち上がる。鞄から取り出すのは白衣。やっぱり保健室の先生と言ったらこれしかない。

ベージュの淡いワンピースの上からそれを羽織る。思い出して鞄から眼鏡を取り出し机に置く。


「うん。完璧だわ」


満足気に部屋を見渡しているとドアをノックする音が聞こえた。さっそく来客だなんて忙しい。


「どうぞ」
『失礼しまーす!わ、本当に新しい先生だぁ!!』
「…えっと、どちら様ですか?」
『あ、ごめんなさい!私、美術担当の加奈です。よろしくね!』
「ああ。非常勤の先生ですね。こちらこそ、よろしくお願いします」
『きゃ〜!大人の女って感じ!!色気ありますねぇ〜!』
「それはどうも」


一瞬、本当に生徒かと思うほどその人は小柄だった。背も低く細身で所謂、童顔。可愛らしいという言葉がよく似合う。


『私、女1人だったからすごく嬉しい!仲良くしてくださいね!』
「ええ。こちらこそ」
『鈴木先生、ですよね?』
「はい。そうです」
『私のことは気軽に加奈先生って呼んでください!』
「わかりました。名字をお伺いしても?」
『あ、ごめんなさい。手塚です!』
「あら。校長と同じ名字で?」
『あ、そっか。まだ来たばっかりだから知らないよね。私、国光と結婚してるんです』
「ご夫婦なんですか。素敵ですね」
『ふふ。ありがとうございます!』


正直、こんな子どもっぽい人があの校長と夫婦だなんて驚いた。まぁ別にどうでもいいけど。


「ところで先生、授業には行かなくていいんですか?」
『うん!私は今日お昼からなんだけど、早く先生に会いたくて来ちゃった!』
「それはありがとうございます」
『やだなぁ!そんな堅い感じじゃなくてもっと仲良しな感じで話そう?』
「じゃあ、そうするわ」
『うん!それにしてもその白衣、すごく似合うねぇ!』
「そう?」
『うんうん!超セクシーだよ!』
「ありがとう」
『こりゃあ男子が大騒ぎするぞ〜。明日の全校集会で紹介されるんだよね?』
「そうみたいね」
『わ〜!楽しみ!』


きっと歳はそんなに変わらないだろうけど。まるで学生のようにキャピキャピした人。昔の友人と話してる気分。


『ね、先生はどの人がタイプだった?!』
「え?タイプ?」
『そう!うちの先生達、イケメンばっかりでしょ?!』
「確かにそうね。狙ってるの?」
『ふふ。そうゆうわけじゃないんだけどね。でもおかげで女子の入学希望者が増えてるんだって!』
「へぇ。凄い」
『それで?誰がいい?』
「加奈先生は?」
『私はやっぱり海堂先生!!あのクールな瞳がたまらな〜い!!』
「校長じゃないの?」
『国光は別にタイプじゃないの。好きだけどね!』
「なるほど。私は結構タイプだけど」
『え〜!好きになったら駄目だよ?!』
「大丈夫。ならないわ」
『でもお似合いかも…。先生、美人だし』
「やだ。落ち込まないでよ。校長みたいな人には貴方みたいな人のほうがいいんじゃない?」
『そうかな〜。ふふ。ありがと!』


嬉しそうに笑う彼女の薬指に光る指輪。そういえば校長も同じものをつけていた。聞かなくても幸せなんだと分かる。


『後はね〜、菊ちゃん先生なんかもオススメ!あの可愛さは反則だもん!』
「そうね。でも少し刺激が足りなさそう」
『やだ、なんかえっち!そっか〜やっぱり大人な感じが好み?じゃあ、不二先生とか!』
「うん。好きな感じ」
『不二先生は生徒からも超人気なの!王子様って呼ばれてるよ!』
「へぇ。凄いのね」
『後、最近人気が出てるのが越前先生!期待の新人って感じ』
「なんか学校って感じがあんまりしないけど」
『あはは。確かにそうかも!でもみんな良い人だし楽しいよ!』
「ええ。そうみたいね」
『すっかり話し込んじゃった。そろそろ行くね!』
「ありがとう。楽しかったわ」
『うん、私も!改めて、これからよろしくね!』
「よろしく」


にっこりと笑って差し出された手を握る。彼女が居なくなった保健室はやけに静かに感じた。


(そういえば、準備が終わったら来いって言われてたんだ)


保健室を出て向かう先は校長室。ノックをすればどうぞ、と聞こえる。重々しいドアを開けて中に入る。


「失礼します」
手「ああ。鈴木先生。準備は無事に終わったか?」
「はい。大丈夫です」
手「そうか。では、明日から頼むぞ」
「はい。よろしくお願いします」
手「簡単に、我が校の方針を話しておこう。座ってくれ」


言われた通りソファに腰掛ける。左手に光る指輪に無意識に目がいってしまう。


手「どうかしたか?」
「あ、いえ。先程奥様がご挨拶に来てくださったので…」
手「む。そうか」
「可愛らしい奥様ですね」
手「昔からずっとああだ。何も変わらない」
「でも、それが嬉しいのでは?」
手「…そうだな」


少しだけ校長の表情が柔らかくなる。ちゃんと彼女を愛しているんだと伝わる。幸せそうな夫婦だ。


手「ではまず初めに、我が校の校則だ。簡単に目を通してくれればいい」
「わかりました」
手「あまりに目に余る行為でない限り、生徒達の自主性とやる気を尊重すること。学生らしい身だしなみ・生活を厳守すること、それを頭に入れておいてくれ」
「はい」
手「保健室はよくサボりの場として使用する生徒が多いが、そういった対応は全て任せる」
「いいんですか?」
手「ああ。息抜きも時には必要だからな。ただし、度が過ぎぬよう気をつけてくれ」
「わかりました」
手「最後にもう1つ。当たり前だが生徒との恋愛は禁止だ」
「もちろんです」
手「俺からは以上だ。これからよろしく頼むぞ」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」


深々と頭を下げて校長室を出る。やっぱりあれだけイケメン揃いだと恋しちゃう生徒も出てくるのだろう。


(私は先生なんて大嫌いだったけどな〜)


まぁ別にそんなことはどうでもいい。相手は所詮高校生だ。先生に恋するのなんてその時だけの錯覚でしかない。


(今日はとりあえずもう帰っていいんだっけ?一応、学校内周っとくか)


授業中の校内は静かだ。コツコツとヒールの音が響く。私立にして正解だと思う。公立だときっとこんな格好は許されないだろうから。


(先生がお洒落しちゃいけないなんて事ないのに)


でもそれなりに配慮はしてるつもり。マスカラは塗ってないし口紅だって色を抑えて必要最低限の化粧で済ませてる。


(やっぱ学校は学校ね。当たり前だけど)


嫌いだった雰囲気は相変わらず。先生って立場だからか幾らかはマシだけど。中庭に出ると風が髪をすり抜ける。

ポケットに両手を入れて空を見上げれば。まるで鳥かごに閉じ込められてるみたいな感覚に陥る。

昔はそれが大嫌いだった。嫌で嫌でたまらなかった。今も、それは変わらないけど。


「悪くはないかもね」


私も少しは大人になったんだろう。独り言は空に溶けていく。授業の終わりを告げるチャイムが聞こえたから保健室へと戻る。

今日は生徒達も半日授業らしい。本格的な仕事は明日からだ。簡単に荷物をまとめて白衣を脱ぐ。

職員用駐車場に停めてあるツートンの車に乗り込んでエンジンをかける。帰りにお菓子を買って帰ろう。

そう思って、車を走らせた。

























プロローグ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ