白衣の天使?

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『聞いたよ〜!不二先生とデートしたんだって?!』


朝、保健室のドアを開けるなり目を輝かせてそう言う彼女。思わず暫く言葉を失ってしまう。


「ええ。そうだけど」
『すごいじゃーん!王子様に誘われるなんて!!』
「そう?半分私が誘わせたようなものだけどね」
『なにそれ〜!そんなテクニックが?!』
「テクニックってほどでもないけど」
『いやぁ〜。でも不二先生となら超お似合いだよ〜!』
「ありがとう。でも1回食事をしただけよ?]
『またまたぁ!その気がなきゃ食事なんて行かないくせにぃ』
「まぁ、それもそうね」


白衣に腕を通しながら答える。彼女は出勤日、必ず保健室に顔を出す。それが素直に嬉しく思える。


『いいなぁ。私だってまだ遊んでもらってないのに〜』
「あら。いつでも大歓迎よ」
『本当?!やった〜!』
「ちょうど今、気になってるお店があるの。一緒にどう?」
『行く行く!!やった!超嬉しい!』


はしゃぐ彼女は本当に無邪気で可愛らしくて微笑ましい。授業開始のチャイムが鳴って慌しく保健室を出て行く。


(さて、仕事しなきゃ)


この仕事にも大分慣れてきた。先生や生徒たちともそれなりに悪くない関係を築いている。

ただ1人、問題児を除けば。


仁「先生。おはようさん」
「仁王くん。遅刻」
仁「知っとるよ。だから来たんじゃ」
「意味がわからないわ。授業に行きなさい」
仁「昨日あんまり寝てなくてな。大目に見んしゃい」
「昨日もそう言ってなかったかしら?」
仁「はは。気のせいじゃろ」


言いながらベットに潜り込む男。小さく溜め息をつきながら仕事を再開する。仁王くんは身体検査の日以来。毎日のように此処へ来るようになった。

大体、1時間目の途中に来て寝て2時間目の途中で出て行く。変な奴。


仁「なぁ先生」
「なに?」
仁「今日の口紅は新色か?」
「あら。よく気付いたわね」
仁「まぁな。よう似合うとるぜよ」
「それはありがとう」
仁「そのミントのワンピースもなかなか」
「押して駄目なら褒めちぎれっての?」
仁「正解じゃ」
「あのね。何が目的か知らないけど、私は貴方の暇つぶしに付き合うほど暇じゃないの」 
仁「ほう。察しがいいな」
「貴方よりは長く生きてるから」
仁「正論だな」


別に居るのは自分の勝手。前みたいに強引に襲おうとしないだけまだマシだと思い放っている。

所詮子どもの暇つぶし。いつか飽きるだろう。


仁「追い返そうとせんのか?」
「してるじゃない。授業に行きなさい」
仁「まったく心がこもってないぜよ。さっきから目もあわせんくせに」
「言ったでしょ。私は暇じゃないの」
仁「いいのか?先生がそんなんで」
「いいのよ。此処に居たいなら居ればいい。それは貴方の勝手だから」
仁「ほう」
「だけどその所為で単位が取れないとか出席足りないとか言わないでね。知ったこっちゃないわ」
仁「はは。相変わらず面白いのう」
「それはどうも」
仁「先生、彼氏おらんじゃろ」
「どうしてそう思うのかしら」
仁「勘じゃ」
「そう。鋭いのね」
仁「居らんのか。寂しいのう」
「どうして?」
仁「居った方が楽しくないか?」
「別に。私は今のままで充分楽しいわ。恋人が居る時の幸せを知らないわけじゃないけど、今は必要ないと思ってるし」
仁「なるほど。大人な女の意見ってやつか」
「そんなんじゃないけどね。ただ今の自分を縛ってまで一緒にいたい人がいないだけの話」
仁「縛る?」
「ええ。恋人が出来ると自分を縛らないといけないじゃない?」
仁「言えとるのう」


ギシっとスプリングを軋ませて体を起こす。その動作は何だか色気を感じさせた。

この男は子どもの割りに大人っぽいと思う。というか妖艶な雰囲気があるんだろう。生意気。


仁「なんじゃ。そんなに見つめて」
「貴方、ちゃんと朝ご飯食べた?」
仁「は?」
「顔色がよくない」
仁「そうか?別に体調なんて悪くないが」
「いいえ。唇の色も少し変。朝ごはん食べてないでしょ」
仁「そりゃ遅刻したからな」
「嘘つき。いつも食べてないんじゃない」
仁「ぷり」
「正解なのね。食べないと駄目よ」
仁「平気ぜよ。今までも何ともないんじゃし」
「駄目。そうゆうのは積み重ねられていくんだから。ちょっと待ってて」


立ち上がって鞄から栄養の摂れる飲むゼリーを取り出して仁王くんへ渡す。不思議そうにそれを見つめている。


「食べて。本当はご飯がいいんだけど流石に持ってないから」
仁「いいんか?先生のじゃろ?」
「3時のおやつ。仕方ないからあげるわ」
仁「はは。3時のおやつ?これが?」
「何かおかしい?」
仁「普通はお菓子とかだろ」
「あのね、3時のおやつは食事では摂れない栄養を賄う為に食べるの。お菓子よりそういった物の方がいいのよ」
仁「なるほど。なんか初めて先生っぽいのう」
「さらっと失礼ね」
仁「はは。すまんすまん。ありがとな、これ」
「ええ。明日からはちゃんと食べて来て」
仁「気が向いたらな」


そう言って保健室を出て行く。時計を見れば2時間目が始まる前。珍しく思いながら静かになった室内を見渡す。


(1人の時間は好きだけど、静かすぎるのもね)


だけど流石に音楽をかけるわけにもいかず。大人しく仕事に取り掛かる。グランドでは体育をやっているようだ。


切「先生〜〜!膝擦りむいちまった!」
「切原くん。そこに座って」
切「いてて…。くっそ〜。しくじったぜ」
「転んだの?」
切「そうなんすよ。せっかくあと少しでシュート出来たってのに」
「今日の体育はサッカーなのね」
切「うぃっす!超楽しみにしてたのにさ〜」
「張り切りすぎちゃったのかしら」
切「って!」
「ごめんなさい。染みた?」
切「へへ。平気っす!」
「はい。これでいいわ」
切「どもっす!なんかすんません。擦り傷くらいで来ちまって」
「何言ってるの。小さな怪我でも来てくれる方が嬉しいわ。ばい菌はいつどこから入るかわからないもの」
切「そっか。ならよかったっす!」


いつもと同じように笑う切原くん。だけどなんだか様子がおかしい。そわそわしてる感じ。


「切原くん。何か気になることでもあるの?」
切「え?!な、なんでっすか?!」
「何となく。話相手くらいならなれるけど、聞いてもいい?」
切「…その、実は今朝……ら…」
「ら?」
切「ラブレターがっ…入ってて…!」
「あら。素敵」
切「で、でもでも!差出人も書いてないしっ悪戯かもしれねぇし…けど気になるし……どうしていいか、わかんなくて」
「それで集中出来なくて転んだのね」
切「そ、そうなんっす…」
「素敵。すごく青春だわ」
切「そ、そうっすか?」
「ええ。手紙はどこにあったの?」
切「机の中っす。俺、いつも来るの最後の方だから誰が入れたとか全然わかんなくて…」
「そう。返事は欲しいって書いてあった?」
切「いや、そんなんなくてただ好きってだけ…。な、なんか俺超恥ずかしいっすね」
「ううん。とっても羨ましい」
切「そ、そうっすか?」
「うん。そうゆう気持ち、大人になったらなかなか味わえないから」


照れ臭そうに。けれど嬉しそうにラブレターの話をする彼はとても可愛くて。少しだけ学生時代を懐かしく思う。


「話を聞いてると、悪戯じゃないと思う」
切「ほ、ほんとっすか?!」
「ええ。そうね…。いつもより少しだけ周りを気にしてみたら?」
切「え?」
「自分の事を想ってくれてる人って見てたらなんとなくわかるものだから」
切「な、なるほど…!よし、やってみます!」
「良かったらまた話を聞かせてね」
切「もちろんっす!聞いてくれてありがとうございました!」
「どういたしまして」


元気よく保健室を出て行く切原くんを見送る。男なんて単純だ。思わせぶりな事をすればすぐにその事で頭がいっぱいになる。

タイプだって騒がれてた新しい先生も名前も顔も分からない女の子の好きの言葉には勝てないこと。


(まぁそれでいいんだけど。子どもは子ども同士が1番だから)


なんて考えているとドアをノックする音が聞こえる。どうぞ、と答えればドアが開いて越前先生が表れる。


「越前先生。どうかしました?」
越「俺、次空きなんだけどちょっとベット貸してくれない?」
「あら。寝不足?」
越「そんなとこ」
「どうぞ。今は誰もいないから」
越「どーも」
「あ、先生。何か落としたけど」
越「え?」
「これは…ラブレター、ですか?」
越「ああ。うん。そうだけど」
「モテモテなのね」
越「みたいだね」
「否定しないの」
越「ん。まぁでも相手は生徒だし。嬉しいけどどうしようもない」
「やっぱり居るんだ。先生を好きになる子」
越「うちは特に多いんじゃない?無駄に整った顔ばっかだし」
「同感だわ」


どうしようもない、そう言いながらもそのラブレターは読まれた跡があった。優しい人。


「3時間目が終わったら起こす?」
越「お願い」
「わかった」
越「…あのさ」
「ん?」
越「手塚校長には内緒にしてよね」
「ええ。約束する」
越「サンキュ」


まるで子どもみたいなその言葉に思わずクスっと笑ってしまう。それを気にする様子もなく目を閉じる男。

ベット周りのカーテンを閉める。さすがに先生が昼寝に来たのは初めてだ。多分、越前先生だけだろうけど。


『鈴木先生!お疲れ様でーす!』
「ごめんなさい。今寝てる人がいるから小声でお願い」
『あ、ごめん〜。保健室だってことすっかり忘れちゃってた』
「次は授業?」
『そうだよ。休み時間の内に今日の事話そうと思って』
「昼休みでもよかったのに」
『だって待ちきれなくって。気になってるお店ってどんなの?』
「居酒屋よ」
『え、うそ!』
「しー。静かにね」
『ご、ごめん。意外だったからつい…』
「そう?」
『うん。居酒屋とかあんまり好きじゃなさそうなイメージだもん』
「好きよ。店長が頭にタオル巻いてるような店」
『あはは。ほんとに?じゃあ今度私のオススメにも行こ!絶対気に入るよ〜』
「ええ。嬉しいわ」
『あ、やば。授業始まっちゃう!じゃあまた後でね』


彼女こそ居酒屋ってイメージはない。可愛らしいカフェとかそうゆう所が似合いそうだけど。

人は見かけによらないものだ。不二先生はイメージ通りのお洒落なお店だったけど。


越「相変わらず元気な奴…」
「越前先生。ごめんなさい。寝られない?」
越「ん。おかげで眠気吹っ飛んだ」
「あら。それはよかったのかしら」
越「まぁ仕事やらなきゃだし…でも寝たかった」
「お詫びにチョコレートでもどう?脳が活性化されるわ」
越「へぇ。お菓子なんて持ってんだ」
「保健室には必要かと思って」
越「…それ間違ったイメージだと思うけど」
「そうかしら」
越「まぁいいけど。貰う」
「はい。どうぞ」


一口サイズのチョコレートを一粒あげる。甘い香りが少しだけ鼻をくすぐった。越前先生は欠伸をしながらベットから降りる。


越「あのさ」
「なに?」
越「あんた、仁王に気に入られてるの?」
「さぁ?ただの暇つぶしじゃない?」
越「でも頻繁にここに来てるんだろ」
「そうね」
越「じゃあさ、ちゃんと学校来るように言ってやってよ」
「驚いた。前はどうでもいいって感じだったのに」
越「あいつ、菊丸先生が担任なんだよね」
「菊丸先生が悩んでたの?」
越「悩んでたっていうか愚痴ってたっていうか…。何とかしてくれって言われた」
「問題児なのね」
越「面倒だけど飯奢ってくれるっていうから」
「…越前先生やっぱり私の飼ってた猫に似てるわ」
越「あ、そう」


普段は遊ぼうとしてもツンツンしてたくせにご飯の時だけは自ら擦り寄ってくる。それが可愛くて仕方なかった。


越「そうゆう事だから、よろしく」
「待って。越前先生は私に何してくれるの?」
越「…にゃろう」
「自分だけいい思いしようなんてズルイでしょ」
越「…じゃあ、今度猫の写真持ってくる」
「随分簡単ね」
越「言うだけなんだし大したことじゃないだろ」
「それもそうね。わかった」
越「ん。じゃあね」


結局、3時間目の途中で出て行った。1人になった私は窓を開ける。外の空気が髪をすり抜ける。

なんだかどんよりした空。雨が降らなければいい。そう思って、窓を閉めた。

























約束

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