白衣の天使?

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手「それでは、これより体育祭を開催する」


校長の一言に全校生徒が声を上げる。かなり早い時期の開催だけどその方が涼しくていい。


(まぁ私はどうせテント内だからいいけど)


前に置かれた机には救急箱。その横にはクーラーボックス。私が座る椅子のほかに2つそれが並べられている。


越「いいポジションだよね。保健の先生って」
「まぁね。越前先生は何の担当?」
越「ピストル」
「へぇ。楽しそうでいいじゃない」
越「何処が。空に向かってただ引き金引き続けるだけじゃん」
「そんな身も蓋もない言い方しないの」
桃「そうだぜ、越前!!1年で1番楽しい日じゃねぇか!」
越「それは桃先生にとってだけっすから」


心底暑苦しそうな顔の越前先生。そんなのお構い無しに日の元へ引きずり出す桃城先生。今日も平和だ。


幸「おはよう。鈴木先生」
「幸村くん。おはよう。貴方は見学?」
幸「ううん。競技には出るけどそれ意外は念のためここにいろって真田が」
「あら。先生じゃなくて真田くんが?相変わらず仲良しね」
幸「ふふ。過保護すぎですよね」
「いいじゃない。友達思いで。どうぞ、座って」
幸「ありがとうございます」


グランドでは最初の競技500メートル走が始まろうとしている。体育祭なんて殆ど記憶がない。


幸「先生、そのサングラスよく校長が許してくれましたね」
「ええ。紫外線はこの時期でも強いから。目からも入り込むって言ったら許してくれたわ」
幸「へぇ。校長を丸め込むなんてすごいなぁ」
「丸め込むだなんて。普通に説明しただけよ」
幸「だから加奈先生も珍しくつけてるんですね」
「そうみたい。私の予備を貸したの」
幸「ふふ。恐ろしく似合わないなぁ」
「さらっと酷いこと言うわね」
幸「やだな。褒めてるんですよ。サングラスなんて似合わないほど可愛らしいって」
「あら。私は可愛くないって?」
幸「先生は綺麗ですよ。何をしてても」
「ありがとう。褒めるのが上手ね」


遠くで人一倍大きな声で応援してる彼女を見ながら話す。確かに可愛らしい彼女にサングラスは似合っていない。

きっとその内、邪魔だとか言って返しに来るだろう。


仁「珍しい客じゃのう。幸村」
幸「仁王。君こそ珍しいね。こうゆう行事に来るなんて」
仁「まぁな。これ出れば体育は単位出すって桃城と交渉したんでな」
「威張って言うことじゃないでしょ。普段から来なさいよ」
仁「来とるよ。ぼちぼち」
幸「それで?何に出るんだい?」
仁「あーなんじゃったかな。後で柳生に聞いとく」
「自分の種目も把握してないの?」
仁「勝手に決められたからな」
幸「君がサボるからだよ」
「同感だわ」
仁「ぷり」


当然のように空いている椅子に腰かける仁王くん。眠たそうに欠伸をしている。なんだか顔色が優れないように見える。


「仁王くん。昨日はバイトだったの?」
仁「ん?いや。違う」
「そう。ちゃんと寝た?」
仁「ああ。寝たぜよ」
「朝ごはんは?」
仁「なんじゃ急に。食べたよ。お前さんが怒るから」
幸「ふふ。お母さんみたいだね」
仁「こんなおかん嫌じゃ」
「失礼ね」
仁「体育祭に白衣とサングラスって。不釣合いすぎるじゃろ」
「しょうがないでしょ。これが私の戦闘服だもの」
仁「戦闘服って。何と戦うつもりか」
「そこはスルーしなさいよ」
幸「なんだか、仁王と話してるときの先生は少し子どもっぽいんですね」
「そうかしら?」
仁「騙されちゃいかんぜよ、幸村。こやつの正体はとんでもない」
「誤解を招くような言い方しないでくれる?」
幸「クス。仲良しなんですね」


別に仲がいいとは思わないけど。他の生徒よりは確実に多い時間を過ごしてる。それに思わず素を出したこともあった。

かなり想定外でキスまでしてしまってるけど。別に特別な感情は抱いていないし。大勢の生徒の1人に変わりない。


仁「そろそろ行くかな」
「無理しないようにね」
仁「おいおい。今日はえらい心配症だな。平気じゃよ」


ヒラヒラと手を振って生徒席に向かう仁王くん。サングラスを外してその背中を眺めた。


(…注意して見ておかないと)

幸「仁王が気になりますか?」
「ええ。なんだか体調が優れないみたいだから」
幸「え?そうなんですか?」
「顔色もよくないし少し元気もないみたいだったわ」
幸「さすがだな。全然気付かなかったや」
「それが仕事だから」
幸「でも僕が聞いたのはそういう意味じゃなかったんだけどな」
「私は先生だもの。生徒は誰でも気になるものよ」
幸「ふふ。そうですよね」


次の種目は1000メートル走。生徒達が入れ替わる。欠伸が出そうになるのを堪えてスタートラインに視線を移す。


「あそこに居るのは切原くんかしら」
幸「ほんとだ。赤也ですね」
「なんだか凄く気合が入ってるわね」
幸「ふふ。最近、気になる子がいるみたいでソワソワしてるんです」
「あら。そうなの?青春ね」
幸「確かジャッカルと丸井もコレに出るって言ってたな」
「ジャッカルくん、早そう」
幸「早いですよ。毎年リレーにも選ばれるし」
「凄いじゃない。幸村くんは何に出るの?」
幸「借り物競争と障害物レースです」
「なんだか意外なチョイスだわ」
幸「真田が出来るだけ楽なのにしろって言うから」
「愛されてるのね」
幸「はい。困るくらいに」


目の前を切原くんが駆け抜けていく。気になる子って前に話してたラブレターの子だろうか。

そんな事を思ってるとジャッカルくん、丸井くんが見えた。ジャッカルくんは本当に早くて生徒達も興奮気味。


菊「相変わらず早いにゃ〜!ジャッカルは!」
「菊丸先生。お疲れ様です」
菊「お疲れーい!あれ。幸村、体調悪いの?大丈夫?」
幸「はい。念のために居るだけですから」
菊「そっかそっか!ちゃんと水分補給しとけよ〜」
幸「わかりました」
「菊丸先生もどうぞ。冷えてますよ」
菊「サンキュー!人数足らなくて走ったからさ〜暑くてたまんないよ!」
「菊丸先生は確か棒高飛びにも出られるんですよね?」
菊「うんうん!これが毎年楽しみなんだよねー!」
幸「凄いですもんね。菊丸先生の棒高飛び

菊「へへ〜。まぁねん」
「それは楽しみです。頑張ってくださいね」
菊「おうよ!あ、そういえば仁王見なかった?」
「さっき見かけましたよ」
菊「お、ちゃんと来たんだ!よかった〜」
「大変そうですね」
菊「も〜ほんとあいつだけは言うこと聞かなくてさぁ。越前に聞いたけどちょっと注意してくれたんだって?あんがとね!」
「あ、いえ。私は何も…」
菊「またまた〜!これからも是非よろしくね!そんじゃ!」


本当に何もしてないのだけど。菊丸先生は嬉しそうだし良しとしよう。笑顔で走り去っていく先生を見送る。


幸「それじゃあ僕は次なので行ってきます」
「ええ。頑張ってね」
『借り物競争か〜。昔はお題で好きな人とかあってそんで私を連れ去る男の子がいたらな〜とかって妄想してたなぁ』
「…驚いた。いつからそこに?」
『えへへ。ついさっき!』
「心臓に悪いんだから。お茶飲む?」
『もらう〜!あ、あとサングラスやっぱり見にくいし邪魔だから返すね』
「ええ。そう言うと思った」
『あはは。バレてましたか』


クーラーボックスからペットボトルのお茶を取り出して紙コップに入れる。彼女に渡せば一気に飲み干した。


『先生も昔妄想しなかった?!そうゆうの!』
「さっきの借り物競争がどうのってゆうの?」
『そう!後は〜好きな人とハチマキ交換とか!』
「残念だけどないわ。行事は不参加の方が多かったから」
『ええ!?もったいなーい!!』
「そうね。今思えば少し勿体ないことしたかも。その時は面倒で絶対に出たくなかったけど」
『ふぇ〜。大人だったんだねぇ』
「ただの子どもの反抗期よ」


それなりに友達もいたし恋人だっていたけれど。それでも私は学校を好きになれなかった。保健室以外は。

まさか大人になってまた学校に来てこうして行事に参加することになるなんて夢にも思ってなかった。


『でもやっぱスポーツしてる時が男の子って1番カッコイイよね〜!』
「そうね。言えてる」
『国光も何か出てくれないかな〜』
「校長は難しいんじゃないかした」
『ぶー。他の先生は結構参加してるのに〜』
「確かにそうね。人数あわせ?」
『んーん。ただ自分達もやりただけだと思う』
「…そう。相変わらず自由ね」
『私もチアとかあったらやりたかったんだけどな!』
「いいわね。似合いそう」
『えへへ。ありがと!』


何て事を話しているとこちらに向かって走ってくる柳くん。お題の書かれた紙を見せて一言。


柳「1番先生らしくない先生だ。一緒に来てくれ」
『…どっち?』
柳「愚問だな」
『ええ?!なにそれ!超失礼〜〜!』
「行ってらっしゃい」
『うそ〜!私のどこが先生らしくないの〜!?』


柳くんに引っ張られてゴールした彼女はぶーぶー言っている。そんな光景を微笑ましく思っていると怪我をした生徒が数人やってきた。

体調不良を訴える生徒もいて少しばかり忙しくなる。どれもたいした事はないと安心した頃には次の種目へ移っていた。


大「先生。お疲れ様です」
「大石先生。お疲れ様です」
大「みんな大丈夫そうですか?」
「ええ。熱中症の心配もありません」
大「それはよかった。怪我も大した事なかったみたいで」
「はい。みんな元気に戻って行きましたよ」
大「はは。生徒にとっては行事は一大イベントですから」
「みたいですね」
大「次の競技が終われば昼休みです。先生のお昼は職員室に届いてるから」
「わかりました。ありがとうございます」


午前の最後の競技は長距離走。地味なうえに長いから1番避けて通りたい種目だろう。


(…仁王くんだわ。まぁそうなるわよね)

手「先生。辛そうな生徒がいたら知らせてください」
「はい。わかりました」


越前先生がスタートの合図を鳴らす。BGMが流れて生徒が走り出す。グランドの外回りには応援の人たちが集まっている。

しばらくするとやはり辛そうなのは女子生徒が目立った。仁王くんは涼しい顔で走っている。


丸「おい、仁王!本気で走れ〜」
仁「やなこった」
真「上位3位以外は認めんぞ」
仁「おーこわ」
桑「サボった罰だぜ」
仁「酷い仕打ちじゃ」


友達とも言葉を交わしているし特に辛そうな態度も見られない。だけどやっぱり普段よりも顔色は優れていない。


河「あれ。おかしいな…」
「どうしたんですか?河村先生」
河「いや、昨日あそこに畳んでおいたテントがなくなってて」
「新しいのが必要なら運ぶの手伝いましょうか?」
河「あ、違うんだ。足がかなりガタがきてて危ないから使わないでおこうってとりあえずあそこに畳んで置いてたんだけど…」
「誰かが倉庫に運んだのでは?」
河「そうかもしれないね。見てくるよ」
「はい。私も他の先生に聞いてみます」
河「うん。ありがとう」


とは言っても殆どの先生が生徒について一緒に走っている。どうしたものかと思いつつとりあえずテントから出る。


(あ、不二先生はゴールテープだから走らないんだっけ)


少し遠いけど聞きに行こうと足を進めた時急に強い風が吹いてグランドの砂が舞い上がる。

きっと誰もが目を閉じただろう。だけど私だけはサングラスをしていて平気だった。そして視界に入ったのは傾いていくテントとその傍を走っていた生徒。


「危ないっ!!」


考えるよりも先にそう叫んで走り出した。次の瞬間には大きな音と体の痛み。衝撃でサングラスは遠くへ飛ばされた。


手「鈴木先生!!」
海「おい、さっさとテントを上げるぞ!!」
桃「おう!!」
丸「お、おいおい。何事だ?!」
柳生「どうやらテントが倒れてしまったみたいですね」
桑「だ、大丈夫なのか?!」
不「みんな下がって!とりあえず自分達のテントに戻って!」
大「怪我した人はいないかい?!」


鈍い痛みに顔を歪ませながらも目を開ける。咄嗟に覆いかぶさった生徒は無事なようで胸を撫で下ろす。


「…っ大丈夫?怪我はない?」
仁「それはこっちの台詞ぜよ」
「仁王くんだったの。痛いとこはない?」
仁「平気じゃ。お前さんがかばってくれたおかげでな」
「そう。それならよかった」
仁「よくない。何してる」
「何って…」
仁「女のくせに、傷でも残ったらどうする?」
「バカにしないで。私は先生よ。生徒を守るのは当たり前」
仁「だからって…!」
「なめんじゃないわよ。女は守られるものだなんて誰が決めたの?」
仁「…っは。相変わらず、男前じゃのう」
「!…ちょっと、仁王くん。貴方すごい熱じゃない!」
仁「熱?あーどうりで…朝からなんかダルいと思っ…」
「仁王くん!!」


彼の瞼が閉じたのとテントが持ち上がって光が差し込んだのと殆ど同じだったように思う。


越「先生!!平気?!怪我は?!」
「私は平気。それよりも早く仁王くんを保健室へ連れて行って!すごい熱だわ」
桃「よし!任せろ!」


桃城先生の肩をかりてふらつきながらも仁王くんが保健室へ向かう。私は差し伸べられた越前先生の手をかりて立ち上がる。


不「先生!足から血がっ」
「あ、平気です。見た目よりは痛くな…っ」
不「足捻ったんだね。おぶって行くよ」
「い、いいですよ。歩けます」
不「駄目だよ。悪化したらどうするの」
「…じゃあ、すみません」


体育祭は手塚校長の素早い対応で予定通り進められることになった。昼休みを告げるチャイムを不二先生の背中で聞いた。

足の鈍い痛みより仁王くんに触れたときの熱さが心配でしょうがなかった。




















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