3年目の私達

□じゅう
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泣かないって決めてたのに。泣いたらまるで桃ちゃんが悪者みたいだから。絶対泣くもんかって思ってたのに。


「駄目だったなぁ……」


未だに止まらない涙。走った所為ではやる鼓動を抑えようと壁にもたれかかる。深呼吸して、思い出す。

大好きだった、彼のこと。


(3年、だもん。思い出なんて…数え切れないくらいあるよ)


きっとあれは私を気遣ってくれた笑顔。無理したいつも通り。分かってたのに何も出来なかった。


(ごめんなさい……。桃ちゃん)


何か音がして視線を上げれば。雨が窓を打ち付けている。一瞬、桃ちゃんの元に戻ろうとしてはっとする。


(バカ…。戻って、どうする気?)


もう別れたんだから。彼女じゃないんだから。気にすることじゃない。ぐっと拳を握って再び走った。


『あ、美衣!おかえり』
「…うん。ただいま」
『ど、どうしたの?凄い疲れてるけど』
「あはは。ちょっと走ったから…」
『もー。はい、お茶だけど』
「ありがと〜」


冷たい感覚が体の中に入り込む。少しだけ落ち着いた。ふうっとため息をついて椅子に座る。


『それで…どうだった?』
「うん。別れてきたよ」
『…そっか。頑張ったね』
「…ううん。何も、頑張れなかった」
『…美衣』


笑ってサヨナラすら出来なかった。無理した彼に何もしてあげれなかった。あの笑顔が、大好きだったのに。


『ね、今日はパフェでも食べに行かない?この前美味しいお店見つけたんだ〜!』
「ありがと。でも私は大丈夫。今日は海堂くんと帰るんでしょ?」
『え?!な、なんで知ってるの?』
「ふふ。だって海堂くんと帰る日は、いつもよりメイクに気合が入ってるもの」
『嘘〜!無意識なんだけど!!』
「恋する乙女ってことね!頑張れ〜!」
『うう…。恥ずかしい……』


彼女にまで気を遣わせたくなくて明るく振舞う。とは言っても、実際のところまだそんなに別れた実感はないのだけど。


『でもほんとに大丈夫?無理してない?』
「してないって!あ、ほら。海堂くんだよ」
『じゃあ、行くけど。何かあったら絶対すぐ連絡してよ?!』
「はいはい。またね」
『うん!また明日!』


海堂くんに駆け寄る彼女。可愛いなぁって素直に思えた。海堂くんは私と目が合うと軽く一礼する。


(礼儀正しい人だ。無愛想だけど、いい人なんだろうな)


軽く礼を返して2人を見送る。窓の外に視線を移せば相変わらず雨が降っている。残念ながら傘がない。


(しょうがない。どっかで時間潰そうっと)


適当に歩くつもりが、自然と向かったのは図書室。越前くんがもう来ないって言って以来、来てなかった。


(あ、開いてる。よかった)


静かな図書室。相変わらず人の気配はないみたい。ゆっくりと部屋の中を周る。すると、ドアが開く音がした。


越「あ……」
「…越前くん」


ドキン、と鼓動が反応する。このタイミングで会うなんて。やっぱりタイミングって大事だなって思う。


越「久しぶりだね。ここに居るの」
「あ、うん。越前くんも?」
越「俺は違う」
「え?そうなの?」
越「ん。何回か、来た」
「ふーん」
越「…意味わかってる?」
「へ?」
越「あんたを待ってたんだけど」
「……う、うそ」
越「ほんと」
「だ、だってもう来ないって言ったの越前くんじゃん」
越「まぁね」
「な、なにそれ…」


少し照れてる越前くん。なんだか凄く可愛くて思わず笑う。むっとして私を見る彼はなんていうか愛しくて。


「越前くん、好きだよ」
越「……え?」
「って、さっき気付いたようなものなんだけど…。結構前からだったみたいで……なんていうか…、」


言い終わる前に。越前くんは私を抱きしめる。突然の事に驚いて、鼓動も一緒に高鳴る。雨の音だけが、響く。


「え……越前、くん」
越「…俺も」
「え?」
越「俺も、あんたが好き」
「っ……。うん、ありがとう」


耳元で囁かれた愛の言葉。それは体中に染み渡るようで。愛しくてそっと彼を抱きしめ返す。

しばらくの間そうしていた。先に腕を離したのは越前くんだった。


越「…ごめん」
「え?何が?」
越「や、話途中だったのに」
「あ、ああ。別にいいよ」
越「なんか、あんたに好きって言われたら抑えられなくて……」
「〜っえ、越前くんってそれ天然なの?!」
越「は?」


いちいちドキドキさせるのが上手いっていうか。女の子のツボをおさえてるっていうか。とにかく寿命が縮まりそう。


越「ところで、桃先輩には?言ったの?」
「あ、うん。…ちゃんと、別れたよ」
越「そう」
「桃ちゃんね、気付いてたみたい。私が越前くんを好きなこと」
越「ふーん」
「な、なんか冷たくない?」
越「普通でしょ。もうあんたは俺の彼女なんだし、他の男の事で慰めてなんかやらないよ」
「……は、はい」
越「ん。分かればいい」


だから、そういうのだって。さらっと俺の彼女だなんて。ヤキモチの仕方も可愛いっていうか。なんていうか、もう。


(好きっ!!)

越「ねぇ、聞いてる?」
「あ、はい!何?」
越「あんた傘持ってる?」
「あ…。も、持ってないです」
越「あ、そう。俺あるから、帰るよ」
「え?!持ってるの?!凄いね!」
越「別に凄くない。予報、80%だったし」
「ふぇ〜!尊敬するよ!天気予報なんて見るんだ〜!」
越「…バカ」
「失礼ねっ」


桃ちゃんも私も天気予報なんて見ないから。急な雨だとよく2人でびしょ濡れになりながら帰った。

服も髪もぐちゃぐちゃなのに、それがなんだか楽しくて。その後一緒に入るお風呂も凄く、好きだった。


越「どうかした?」
「あ、ううん!凄い降ってるなぁって」
越「だね。今日はまっすぐ帰ろっか」
「うん。そうだね」


何を思い出してるの。越前くんといるってのに。私のバカ。自己嫌悪してると、ふっと影がかぶさって視線を上げる。

私の方に傘を傾けている越前くんと目が合う。


越「早く入れば?」
「…お、お邪魔します!」
越「っふ。なにそれ」
「あ、あはは。私、相合傘なんて初めてで…」
越「…そうなんだ」
「うん。桃ちゃんも私も天気予報とか見ないから…」


口に出してはっとした。また桃ちゃんの名前を出してしまった。恐る恐る越前くんを見るけど。なんだかよく分からない表情。


「え、越前くん?どうしたの?」
越「…や。桃先輩と付き合ってたの長かったし、もうあんたの初めてとか何もないだろうなって思ってたから」
「……嬉しい?」
越「…ん。かなり」
「〜っ!あ、あのね!初めてなんてまだいっぱいあるから!!これからどんどん一緒にしよ?!」
越「わかったから。あんま動くと濡れるって」


ぐっと肩を持たれる。ああ、もう。何なのこの人。可愛すぎるんだけど。キュンキュンしっぱなしで私の心はやられっぱなし。


「越前くん家ってどの辺?」
越「神社の方」
「え?!反対方向じゃん!ここでいいよ〜」
越「駄目。あんた傘ないんだし」
「ご、ごめんね。倍歩かせちゃって」
越「別に。俺がしたくてしてるんだから」
「ふふ。越前くんって優しいんだね」
越「普通でしょ」
「あ、じゃあお礼にジュースでも奢るよ!あそこの角に自販機あるから!」
越「いいって言ってるのに」
「だーめ!私の気が済まないもん!」
越「はいはい」


雨の中の自販機はとても明るく見える。小銭入れを取り出してお金を入れる。ボタンを押せばガコンっと大きな音がする。


「はい。どーぞ」
越「ん。サンキュ」
「あ、開けれないね。貸して?」
越「いい。後で飲むから、今はあんたが持ってて」
「わかった」
越「それと、俺コーヒーは微糖よりブラックのが好きだから」
「…ああ!ごめん!そうだよね!好きなの聞いてから買えばよかった〜」
越「いいよ。飲めるし」

(うう…。私のバカ……。またやっちゃった)


コーヒーの微糖は桃ちゃんの好きな飲み物。いつもはもっぱら炭酸類だけど。肌寒い日はコーヒーだった。


越「これ、桃先輩が好きなやつでしょ?」
「えっ…。う、うん。ごめん」
越「まぁムカつかないって言ったら嘘になるけど。あんたと桃先輩の3年にそう簡単に勝てるなんて思ってないし、すぐ忘れられるとも思ってない」
「越前くん…」
越「だからこれから1個ずつ覚えてよ。俺の好きなもの」
「…うん!ありがとう」


越前くんは優しいな。桃ちゃんは好きなものじゃないと文句しか言わなかったのに。それで何度口喧嘩したことか。


(って!また思い出してるよ!!いけない、いけない!!)

越「ここ?」
「あ、うん!送ってくれてありがとね」
越「ん。じゃあまた明日」
「うん。またね」


部屋に入ってため息をつく。何だかキュンキュンしっぱなしだし失敗ばっかだし疲れたな。


(お風呂入ろう。久しぶりにパックでもするかな)


なんだか案外あっさりしてる自分。桃ちゃんと付き合った日の夜ってもっと騒いでた気がする。


(やっぱり、別れてすぐだから…?)


傍から見ればなんて変わり身の早いビッチだと思われるだろう。別にそれは構わない。間違いではないから。


(でも、桃ちゃんにまで迷惑かからないといいな…。越前くんにも…)


冷えた体がじんわりと温まるのが分かる。まだ外は雨のようだ。微かに聞こえる雨音に耳を傾ける。


(雨、か。雨の日に1人でお風呂って久しぶりかも)


いつもなら桃ちゃん家で2人して入ってたから。そしてお風呂上りにゲームをしながら時々チューハイなんて飲みながら。

とてもロマンチックな恋人風景なんて程遠いけど。私達らしくて好きだった。しょうもないことで笑い合える関係が、大好きだった。


「………桃ちゃん」


涙と一緒に零れた名前。確かに好きだった。大好きだった。彼のことが。とても、とても愛しかった。

幸せだった。すごく。いつだって笑ってくれたあの笑顔が。子どもっぽいくせに大人な一面を持ってたとこが。

些細な事で喧嘩するけどすぐに仲直り出来るのも。私の気分屋を可愛いって言ってくれてたのも。大きな背中も、温かい手も。

彼の全てが、大好きでした。





『ねぇ、薫。これでよかったのかな?』
海「あ?なんだ急に」
『私ね、凄くお似合いだと思ってたし、好きだったんだぁ。桃ちゃんと美衣が一緒にいるのを見るの…』
海「…そうか」
『色々お節介しちゃったけど…。私、余計なことしたのかも』
海「でも、その時のお前が思ったままを伝えたんだろ?」
『うん……』
海「じゃあ問題ねぇ。気にするな」
『…そうだね』
海「人の縁ってもんはな、必ず繋がってる」
『え?』
海「そいつにとって必要なら、必ずまた一緒になる日が来る。いつかな」
『…うん。そうかも。ありがとね、薫!』
海「ふん」
『悩んだらお腹空いちゃった!何か食べていい〜?』
海「優奈」
『ん?』
海「俺は、お前が必要だと思ってる」
『え……』
海「だから…その……あれだ」
『…薫。嬉しい!!!私も薫が必要だよ!!』
海「ば、ばか!!急に抱きつくな!!」
『照れなくてもいいじゃんか〜!!』
薫「て、照れてねぇ!!!」



雨は、やむ事を知らずに降り続ける。私の涙のように。このまま何もかも流してくれればいいのに。

思い出も、記憶も、何もかも。忘れられれば楽なのに。


「は…っくしゅん!!」
『ちょっと、大丈夫?風邪?』
「ん〜…かも。昨日、髪乾かさないで寝ちゃってて」
『バカだな〜!そりゃ風邪も引くって!』
「あはは。だよね〜」
『しょうがないなぁ。暖かい飲み物でも買ってくるから!大人しくしててよ!』
「ん〜ありがと〜」


マスクの所為でよく見えなかったけど。彼女の目は泣きつかれたように赤く腫れていた。ズキンと胸が痛む。


『えっと……何がいいかな?やっぱミルクティ?』
桃「お、あんた」
『あ…。桃ちゃん』
桃「おっす」
『おはよ〜。…風邪?』
桃「はは。そうなんだよ、ダセー」
『…あのね、美衣も今風邪ひいてて』
桃「…そっか」
『こんな事聞いてごめんだけど……何がいいかな?』
桃「ああ、飲み物か?風邪の時なら梅昆布茶だな」
『う、梅昆布茶?!今まで飲んだの見たことないけど…』
桃「はは。風邪の時限定らしいぜ。何でも昔ばあちゃんに看病して貰ったときからそれ飲んだら元気になる気がするって」
『…そっか。ありがとね』
桃「おう。じゃあな」


小さくなる背中を見てまた胸が痛む。それを振り払うように急いで彼女の待つ教室へと走った。


『お待たせ!』
「あ、ありがと〜。わぁ!梅昆布茶だ!」
『えへへ。ビンゴ?』
「ビンゴだよ〜!凄いね!ちょうど飲みたかったの!!」
『…よかった』
「ありがとう、優奈!!」
『うん。どういたしまして』


暖かい梅昆布茶。思い出すのは遠い昔のおばあちゃんお記憶。そしていつかの桃ちゃんの記憶。

その記憶たちを消すように。ゆっくりと暖かいそれを飲み込んだ。




























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