Hunny Hunt

□3
1ページ/1ページ



桃「あ、奈々先輩〜!」
『桃ちゃん』
桃「ちっす!今日も美しいっすね!今度デートしません?」
『それより、美衣知らない?さっきから姿見えなくて』
桃「それよりってひでぇなぁ。野々村先輩ならさっきまで一緒に居ましたよ」
『あんたと?』
桃「なんかよくわかんないっすけど呼び出されて」
『ふぅん。で?その後は?』
桃「さぁ?講義に戻ってないんすか?」
『…どこ行ったのかしら。あのバカ』


膝上のスカート。似たようなメイク。キャピキャぴしたキーホルダー。数年前、自分もああだったのに。


(若いなぁ、女子高生…)


コンビニで買った野菜ジュースをすすりながら思う。制服を頼りに学校まで来てみたのはいいものの。


(もう帰ってるかもな〜。連絡先、聞いとけばよかった)


校門から出てくる子達が私を見ながら通り過ぎていく。誰かのお姉さんかな?なんて会話が聞こえる。


(うーん。そりゃそうか。女子高生からしたら大学2年なんておばさんだよねぇ)


私が高校生の時もそう思っていた。大学生なんて大人で遠い存在だった。いざ、なってみると全くだけど。


(変わったのなんてネイルが出来る様になったのと私服登校になったくらい?あ、あとお酒)


自分の爪を見ながら思う。ホワイトのフレンチネイル。高校生の時、憧れてやまなかったのを覚えてる。


(最初は感動してたけど、今じゃ慣れちゃってただの習慣みたいなんだよね)


それは私だけじゃない。周りの子も同じで。新しいネイルを褒めてくれる人なんてそうそういない。ましてや、異性なんて気付きもしない。


(あれ。でも……最近、褒められた気がする。誰かに…)


うっすらとその風景が浮かぶ。彼は私の手に自分のそれを重ねて、言った。綺麗じゃんって。あれは、誰だっただろう。


越「野々村先輩?」
「あ…。リョーマくん!よかった、まだ帰ってなくて」
越「…俺のこと待ってたんすか?」
「そうだよ。やっぱりもう1回、ちゃんと話したくて」
越「…へぇ」


制服姿のリョーマくん。周りには同じ制服を着た人達。私と彼を見ながら何か話してるのが分かる。


「あー、ごめんね。学校にまで来ちゃって」
越「別にいいけど」
「そう?でも変に目立っちゃってるし」
越「気にしてない。行こ」
「あ、うん」


本当になんともない様に私の隣で歩き出す。そういえばリョーマくんって昔からこうだった気がする。

自分をまっすぐ持ってるっていうか。他人に流されないっていうか。でも、決して冷たいわけじゃない。


越「もう大学は終わったの?」
「ううん。サボって来ちゃった」
越「ふーん。単位、平気なわけ?」
「う…。まぁなんとかなるでしょ!」
越「後々、俺の所為にしないでよね」
「そんな事しないよ〜」


なんだか今日のリョーマくんは機嫌がいいみたいだ。もしかして私が来たのが嬉しいのかな。なんて。


(そうなら、可愛いとこもあるな〜)

越「どっか入る?」
「そうだね。この辺よく分からないから任せる」
越「じゃあこっち」
「へ〜!なかなかお洒落なお店だね。彼女と来るの?」
越「違う。前に人数あわせで呼ばれた合コンで来た」
「ご、合コン…!最近の高校生ってすすんでるんだね」
越「そもそも、彼女なんて居たらあんたとあんな所行ってないから」
「で、ですよね〜」


せっかくご機嫌だったのにやらかした。店内はテーブル席が壁で仕切られていて半個室的な感じ。


「せっかくだからご飯食べようか。家、平気?」
越「ん。大丈夫」
「じゃあそうしよ!何食べようかな〜」
越「俺、和食プレート」
「相変わらず和食好きなんだ?」
越「まぁね」
「じゃあ私、旬の野菜プレートにしよっと」
越「先輩、野菜嫌いじゃなかったんすか?」
「それがね、大学入ったくらいから段々好きになったの。ちょっとは大人になってるのよ、きっと!」
越「ふーん。野菜食べれるようになったくらいで大人なら殆どの人が大人っすけどね」
「うるさいな〜」


そういえばこうやって2人でご飯を食べるのは初めてだ。今まで奈々と3人でなら何度かあるけれど。


越「それで?思い出したんすか?この前のこと」
「あ、えっと……申し訳ないんだけど、まったく」
越「だと思った」
「う…。で、でも!私がリョーマくんを見つけて絡んだっていうのは聞いたよ?」
越「そこは別にどうでもいいっすけど」
「だ、だよね〜」


とりあえず運ばれてきた料理に手をつける。手馴れた様子で魚の骨を取るリョーマくんを何となく眺める。


越「なんすか?」
「いや、骨取るのうまいなぁって」
越「こんなの普通っしょ」
「そんなことないよ。大学でもそんないないよ?そこまで綺麗に取れる人」
越「そりゃどーも」
「相変わらす可愛くないな〜。素直に喜べばいいのに」
越「余計なお世話っすよ」
「はいはい」


大学に入ってから会う機会は減ったけど。変わってない彼が何だか嬉しくて笑う。不意に、机の上に置いてある携帯が震える。


「あ、やば。奈々だ…」
越「出れば?」
「…いいの?」
越「心配しなくても誰にも言ってないし、言う気もない」
「あ、ありがとう。じゃあ、ごめん。ちょっと出るね」
『もしもし。美衣?あんた今どこ』
「え、えっと、買い物中」
『まったく…。単位危ないって分かってる?』
「わ、分かってます」
『一言くらい声かけなさいっていつも言ってるでしょ』
「うう…。ごめんなさい」
『まぁいいわ。最近、様子が変だけど悩みでもあるわけ?』
「え?!そ、そんなのないよ?!」
『…ふぅん。じゃあそういう事にしとくけど。何かあったら言いなさいよ』
「う、うん。ありがとね」
『じゃあまた明日』
「はーい。また明日ね」


電話を切ってため息をこぼす。正面に向き直ると、リョーマくんはなにやら笑いを堪えている。


「な、なに?」
越「や…相変わらず分かりやすいっすね」
「う、うるさいな〜。私は嘘つけないタイプなの!」
越「ん。知ってる」


ふっと笑った彼の顔は。見たことない表情で。この前から垣間見る、大人な顔。知らない人みたいで、少し戸惑う。


「だから…その、教えてくれない?あの日のこと」
越「…俺から話すの、結構恥ずかしいんすけど」
「ご、ごめんね。そうだと思うけど…」
越「じゃあこうしません?」
「え?」
越「俺の言う事聞いてくれたら、先輩の知りたいこと教えてあげる」
「お、脅す気?!」
越「違う。忘れられてるのムカつくし、タダで教えるのもなんか嫌だから」
「う……。そ、そうだね。分かった」
越「決まりだね」
「で、でも私、あんまりお金持ってないよ?」
越「だからそういうんじゃないってば」


そんなこと言われても。私が出来るリョーマくんの望む事なんてそれくらいしか思いつかない。


越「とりあえず、食べれば?」
「う、うん。そうだね」
越「食べるの遅いのは変わってないんだ」
「う…。あ、味わってるの!」
越「ふーん」
「あ、そっちのドレッシング取ってくれない?」
越「これ?」
「うん。ありがと」


差し出されたドレッシングを受け取る。少しだけ手が触れる。リョーマくんが私の手を見つめてる。


「どうかした?」
越「それ、やっぱいいっすね」
「え?あ、ネイルのこと?」
越「ん。綺麗」

(あ……)


そうだ。思い出した。リョーマくんだ。今度は風景と一緒に声まで鮮明に思い浮かんでくる。重ねられた手。囁かれた言葉。

耳に響いたのは久しぶりの褒め言葉だけじゃなくて。一緒に水の音もしていた。そうだ、確か私はシャワーを浴びていた。


(じゃ、じゃあ、私っリョーマくんと一緒にお風呂入ったってこと?!)

越「どうかした?」
「な、なななんでもない!!」
越「…そうは見えないけど」
「あ、あはは。このレタス美味しいな〜」


動揺を隠し切れずに泳ぐ視線。一緒にお風呂なんてやっちゃってる可能性が大きくなってきた。


(お風呂なんて彼氏とだって入ったことないのに〜)

越「…、先輩。聞いてます?」
「え?!あ、ごめん。なに?」
越「今度の日曜。予定は?」
「日曜?待ってね。スケジュール帳……あれ?ないや」
越「…忘れ物多いのも変わってないんすね」
「た、たまたまだよ!日曜がどうかしたの?」
越「行きたいとこあるんだよね」
「…一緒に来いと?」
越「正解」
「別にいいけど、何で私?学校の友達と行けばいいのに」
越「面倒くさいからやだ」
「め、面倒くさいって…」
越「何が知りたい?」
「え?」
越「俺の言う事、1つ聞いてくれたから。先輩の番」
「…そ、そんなのでいいの?」
越「どんなの想像してたわけ」


一緒に出かけるなんて。別にそんな条件なんかなくても構わないのに。拍子抜けだけどそれでいいなら有難い。


「じゃあ、私とリョーマくんが約束したことが知りたい」
越「ああ。子ども扱いしないって」
「………へ?ど、どういう意味?」
越「だから、あんたが俺のこと子ども扱いしないって。約束した」
「そ、それだけ?」
越「そうだけど」


まさかそんな小さな事だったとは。あんなに頭を悩ませてた自分が馬鹿馬鹿しい。してやられた気分だ。


「私、そんなに子ども扱いしてる?」
越「結構ね」
「そっかぁ…」
越「食べ終わったし帰りましょーよ」
「あ、うん。そうだね」


伝票を持って立ち上がる。確かにリョーマくんのことは弟みたいに思ってるから。自然とそういう扱いをしてるのかもしれない。


越「いくら?」
「いいよ。これくらい、奢る」
越「なんで?」
「なんでって…。高校生に出させるわけにはいかないもん」
越「ほら、それ」
「あ…。いや、でも…」
越「約束したんだから、守ってよね」
「う…。が、頑張ります」


リョーマくんはきっちり自分が食べた分を払って店を出た。まさかそんなに気にしてるなんて思わなかった。


(でも、リョーマくんが高校生なのも年下なのも事実だしなぁ)


今更、子ども扱いするなって言われても難しいものがある。酔っ払ってたからって無責任な約束してくれるな、私。


越「先輩?電車来ますよ」
「あ、うん。…あのさ、リョーマくん」
越「なんすか」
「その、ホテルに誘ったのは私なんだよね?」
越「そうっすね」
「なんで…そんな流れになっちゃったの?」
越「…さぁ?」
「え?!な、なんで教えてくれないの」
越「それ知りたいなら、俺の言う事1つ聞いてくれないと」
「き、聞いたじゃん!」
越「だから、1つ教えたじゃないっすか」
「も、もしかして……1回につき1つしか教えてくれないってこと?」
越「当然」
「い、意地悪〜!!」
越「知ってる」


ホームに電車が滑り込んでくるのと。リョーマくんが得意気に笑ってみせたのと。殆ど同時だった。


(うう…。じゃあまだしばらく真相には辿りつけないってこと?そんなぁ……)

越「先輩、連絡先交換しときません?」
「ん?連絡先?」
越「その方が何かと便利だし」
「ああ、そうだね。じゃあ…!」
越「?先輩?」
「これ、リョーマくんの言う事聞いたうちに入るよね?」
越「…せこ」
「リョーマくんに言われたくないよっ」
越「まぁでも、交換しなくて困るのは先輩の方じゃありません?」
「え?」
越「あの日のこと知ってるの俺だけだし、俺と連絡取れなきゃ言う事も聞けないわけだし」
「た、確かに…!」
越「知りたくないっていうなら、いいんすけど」
「…負けました。交換します」
越「どーも」


こうゆうとき頭が良かったらいいのにって思う。乾くんくらいスラスラと論理的に反抗出来れば。


「じゃあ、私ここで降りるから」
越「送りましょーか?」
「いいよ〜。悪いもん」
越「転ばないようにね」
「転ばないから!私よりよっぽどリョーマくんの方が子ども扱いしてるじゃん」
越「だって先輩、子どもっぽいし」
「失礼な!」
越「褒めてるんすよ」
「どこがよ?」
越「よく言うじゃん。バカな子ほど可愛いって」
「…それ、私バカっぽいって事じゃん」
越「え?自覚してなかったんすか?」
「生意気〜。じゃあね!」
越「日曜、忘れないでくださいよ」
「バカだから忘れるかもね〜」


嫌味を言いつつ手を振って電車を降りた。振り返ることなく、改札を通って家へと帰る途中。携帯が震えた。


(リョーマくんだ。…そうゆうとこも子どもっぽい…余計なお世話だ!)


返信しようとしたら、また携帯が震えた。もちろん相手はリョーマくん。送られてきた言葉に思わず足を止めた。


(けど、可愛い……って、何?!何なの?!からかってるの?!)


まったく考えてる事が分からないけど。悪い気はしない。あんな事があって心配してたけど嫌われてるわけじゃないみたいだ。


(ありがと。また日曜にね、と)


返信をして歩き出す。リョーマくんといると断片的だけど色々思い出せそうだし。今はそうするしかない。


(……ネイル、久しぶりにやりに行こうかな)


空に浮かぶ三日月に手をかざして思う。相手が誰であれ褒められるって嬉しいものだ。上機嫌で、私はヒールを踏み鳴らした。























約束

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ