NOVEL

□見えない記憶に恋してる
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見えない記憶に恋してる
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男は宝石商が広げる品物を眺めていた。
「お兄さん、買うのかい、買わないのかい」
「これで売ってくれるなら買いますがね」
と、男は袋形の財布を目の前に揚げてふった。
なけなしだ。宝石などとは縁遠い。
「また来る。それまで売るな」
そう言って立ち去る。
宝石商がこのカサルシャードの市に参加して、3日。
あの男は3日間、同じ宝石を眺めていた。
とても熱心に、まるで石と会話でもしているかのように。
名もない、赤い石を。

(やあ、また来たの?)
(君との会話が楽しくてね。こんにちは、ざくろ色)
(こんにちは、わかば色)

空は赤く染まり始めていたころだった。
ごった返す人々はその服装から多くの民族が入り混じっていることが分かった。

(ねえ、"ガーネットの笛"って知ってる?)
(知ってるさ。俺は笛吹きだもの)
(本当?聞きたい)
(わかった)

わかば色の男は笛を取り出し、宝石商の男に言った。
「ご主人、このざくろ色の石を見せてくれたお礼に客寄せをしたい"ガーネットの笛"を奏でても?」
すると、渋顔だった宝石商がとたんに笑顔になった
「あんた笛吹きかい!いい音でたのむよ、大好きな曲だ!!」
わかば色の男は力強くうなずくと、ひとつ息をして笛に口を当てた。

ルクロの枝を切りだして作られた由緒正しき横笛は、
白きその身を夕日に染めながら
さらさらとあたりにその音を響かせた。

道行く客の足は止まり、どこからともなく歌い手もあらわれた。
さらさらさらさら、風の川が運ぶ笛の音は、人の川を作り出す。

長いヘルマータをかけてから笛吹きの男はお辞儀をした。
集まった群衆からは拍手喝采である。
「さあさあご覧の美男美女!私の笛がわかるとは、貴い方かと存じます!
貴い方には貴いものを!買わねば損するこの宝!買って得するこの宝!
どうぞお買い上げくださいまし!」

高い石も安い石も、このときばかりは大繁盛した。
宝石商は顔をほころばせながら次々に石を売っていった。

(すごいんだね、君の笛、魔法みたいだ)
(ルクロの枝さ)
(ああ、どうりで)
最後のお客が帰る頃には、日はとっぷりと暮れて、夜になっていた。
それまでざくろ色と話していた男はは宝石商の声で顔をあげた。
「いやあ、今まで変な賊かと思っていたよ。すまないねぇ。高いものは無理だが、この石でよければ、あんたにあげるとしよう。」
宝石商はざくろ色の石を手に取り、宝石用の特別な布で石をひとふきした。
(わっ、くすぐったい!)
「ほら、輝きが増しただろう?ついでだ、この布も持って行きな。」
「ありがとう、いい夢を」
笛吹きはカサルシャードをあとにして、どこかへと歩き出す。
(どこ行くの?)
(足が向くほうへ。)

それから一人と一つは旅をした。
さまざまな所さまざまな人
白夜の街に陽気な踊子
潮風の街にかなづちの漁師
あの笛の音のように、やさしい旅だった。

(ねえ、ざくろ色、もう一度カサルシャードに行ってもいいかい?)
(いいけど、どうして?)
(思い出の場所なんだ)
(ふうん。………誰との?)
(君との)
(やっぱりわかば色はキザだね。ルクロの笛もそう思っているよ、きっと)
(うれしいくせに)

そうして、わかば色がカサルシャードに滞在し始めてから3日、事は起きた。

ダダダダダッ!


真夜中に、荒っぽい蹄の音。続いて怒声、悲鳴。
わかば色の男は飛び起き、準備を整え様子をうかがった。
箱の中のざくろ色の石も、目を覚ましたようだった。

(何が起きてるの?わかば色、外を見せて)
(それはできない。賊のようだ。君が盗まれてしまう)
わかば色は壁に固定し飾れらていた剣を無理矢理とって、使えるかどうかたしかめた。
シャラン、と鞘から刀身が抜けた音。ざくろ色の石は気づいた。
(剣なんてどうするの?わかば色)
(君に言ったことはないけど、剣の扱いは人よりうまいんだよ)
箱の中のざくろ色は、わかば色が慣れた手つきで剣を腰に携えたのを、音だけで聞いていた。
その間も、部屋の外から空気を伝い、街が壊れていく様子や人々の感情の渦が肌に響く。
風と商人の街カサルシャードは、もうどこにもなかった。

(ざくろ色、もし俺がもどらなかった時のために、君に魔法をかける。魔法が、始まってしまったら、俺のことは諦めて生きてくれ)

ルクロの笛はわかば色の吐息と願いをのせて、さらさらとガーネットを奏でた。
ざくろ色には、いつも聞いている音なのに、どうしてか初めて聞くように感じた。
(……泣いているのかい?)
(連れて行っては、くれないんだね。ひどいよ、わかば色)
(ごめん。でも、戻ってくるから、そしたらまた、旅をしよう)
(必ずだよ)
(ああ)

わかば色はルクロの笛と、ざくろ色が入っている箱を床下に隠し、外にでた。

ざくろ色は わかば色は

戸が完全にしまってから、

「うそつき」 「さよなら」

と言った。



そして百余年、カサルシャードは姿を変え、蛮族の名の下に再び栄えた。
その国には赤いルクロの笛を吹く少年がおり、その名をざくろといった。
不思議なことに、少年は国が滅ぶまで変わらぬ姿で旅をしたと伝えられている。















そろそろ冬物の準備も必要かというこの季節、俺はヤマブキに来ていた。
シロガネ山でいつもいつもいつも凍死寸前のレッドのために防寒着を買うのだ。
年中ふぶきで寒いと言ってもやはり冬が一番寒い。
まったく俺がいなかったら、あいつは何回凍死していたことか。

「すいませんが、そこの方、」
背後から人の良さそうな男の声がした。
振り返ると、中年のかっぷくのいいおやじだった。
どこのものかわからないが、民族衣装と思われるものを身にまとっている。
「ガーネットの笛、という曲をご存知ですかな?」
「……いや、」
道を尋ねられただけかと思ったが違うらしい。
「では、恋人はいらっしゃいますかな?」
「……は?」
「そうですなぁ、まなこが赤い方でしたら一番いいんですがねぇ?」
レッドのことか?
いよいよ警戒心がわいてきた。怪しすぎる。
とりあえずハッサムのボールを小突いて合図した。
「その反応は、いらっしゃいますね?赤いまなこの方が、あなたの近くに」
「だからなんだというんだ」
多少、語気を強めた。だがしかし変わらず向こうに敵意はない。
それどころが高らかに笑い始めた。
「はっはっはっはっは!!お兄さん、変わらないねえ!!…いや、すこしとがったか?はっはっはっはっは!!」
あっけにとられてしまった。ここまで豪快に笑われると警戒心が阿保らしくなってくる。
男はひとしきり愉快そうに笑ったあと、赤い横笛をとりだしてこちらに渡した。
「これは…?」
「わかばの将、これを、ざくろの君に渡しておくれ。渡せばわかるかもしれないからね。」
「はぁ………。」
木製のようだが、なめらかに透き通った質感はガラスに似ていた。
赤銅色の材質不明の横笛は、なぜか妙に手になじんだ。

「おい、これって……」

顔をあげると、もうそこに民族衣装の男はいなかった。


後日、レッドに笛を渡すと目を輝かせて吹き始めた。
曲名はやはりというかなんというか、「ガーネットの笛」だった。
さらさらとした心地いい音色だったのが印象に残っている。
笛の材質が気になって尋ねると、「ルクロの笛さ」とレッドは答えた。




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翠蔭
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