夢色パティシエール

□2月14日
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聖マリー学園実習室。
カシャカシャと泡だて器がステンレスのボールにはじかれる。
その小気味良い音に樫野は耳を傾けながら、一刻も早くここを逃げたいと思っていた。

朝から感じている異様な、威圧感。
絶え間無く注がれる熱視線は不気味以外の何物でもなく只管に鬱陶しいばかりだ。

それがずーっと、朝からずっとだ。
実習してても、場所を移動してもどこからでもこのぐらぐらと神経を坂撫でてくれるプレッシャーは消えてくれない。

これが最後の授業だと我慢して、終わったら即行部屋に帰ろう!
心に硬く決めながら樫野は苦痛を耐え忍んでいた。

「では、今日はここまでです皆さん」
の、皆さんを言い終わる前に一部の女子ががたん!と音を鳴らして席を立った。

しかもゆらりとこちらに向き直る。
そして、目が合う。
ぞくっと背中に悪寒が走って樫野は本能的に教室を飛び出した。

するとわらわらと女子が集まってきて、なぜか団体で追いかけられる。
ものすごい数の足音。
しかも異様な殺気つき。
樫野はもう何だか訳が分からないまま逃げるしかなかった。
『きゃー樫野くん待って−』
『ガトーショコラの作り方を教えて−』
『私はガナッシュー』


なっなにが教えてだ!それが教えを請う態度かよ!
どうみても俺を生け捕りにするか何かだろーが!
集団で行われる狩の標的になったような心境で、正直内心かなりビビっていた。
普段からきゃあきゃあと訳の分からん理由で付き纏われたりしているが、ここまでじゃない。
冷たく追い払えば、あっさり引いていた連中も集団に紛れることで妙に強気になっている様だ・・・。

相手は女子。
たかが女子。
一発強く言ってやろうか・・・と振り向いて三秒やめた。

すげー怖えええええ!!


『ああ−ン樫野君なんで逃げるのー!私に手取り足取り』
『私もートリュフの作り方教えてもらいたーい』
『樫野くーん!!!』


いっやだああああああ!!



角を曲がったところで、腕を引っ張られた。
空き部屋に連れ込まれ、勢いがつきすぎて倒れこむ。
何かを下敷きにしていた。
やっべえまさか捕まった!そんな恐怖で思わず肩口を押さえ込むと、
「きゃんっ!痛い!ばかー樫野あたしだよ〜」
そんな高い声が聞こえて、覗き込めば
「天野」だった。
「樫野重い」
何でか天野を押し倒しているみたいな格好になっていて、
俺は慌てて体をどける。
「わっわり」
「あいたた・・・もー。せっかく助けてあげたのに」
「助け?ばっかなんで俺がお前に助けられなきゃいけないんだよ」
「ふーん、じゃあいいんだ」
といって天野は扉から顔をだした。
「おーいここに樫野」君がいます!とでも言うつもりだった天野を引っ張る。
「ばっばかやろー何てことしやがる」
「あはははっ!だから素直に助けられればいいのにー。ねっ貸し、1だからね」
にこっと笑った顔がなんか・・・ちょっと可愛くてどきっとした。
悔しくて何も言えずにしていると、天野は部屋から出て行ってどうやら上手く女子達を巻いてくれたようだった。





「樫野救出成功でーす」
と目の前で天野がはしゃいでいる。
胸を張って俺を披露する。
すると花房と安堂がわーっと拍手をした。
「お疲れ様いちごちゃん」
「さすがいちごちゃん」
「えへへー」
と普段怒られてばかりの天野は二人にちょっとでも褒められると溶けたような笑みを浮かべて喜ぶ。
「毎年なんかパワーアップしてるしさ。いちごちゃんに救出を頼んで正解だったろ?」
「安堂か・・・まあ、それは一応助かった」
「樫野ってば真っ青な顔で逃げてて、今にも怪獣に食べられそうな感じだったよ」
「うっせーよ天野」
調子にのんなよって軽く頭を小突いたら、大げさにいったーとうめいた。

花房が入れたダージリンティに口をつける。
お茶請けに安藤が作ったらしい、抹茶が練りこまれたクッキーをさくさく食べると少し気持ちが落ち着いてきた。
花房が手入れをしているバラ園の中にひっそりとあるテラスに集まるのが、いつの間にか習慣になっている。
あんま、人も来ないしな。
相変わらず幸せそうな顔でクッキーやら、シフォンケーキやらをまぐまぐ頬張っている天野は
「そーいえば」
といって俺を見た。
心底不思議そうな目で問い掛けられてがっくりする。
「何で追われてたの?」
「今更か!」
呆れた顔の二人だが、花房のほうが「いちごちゃんらしいな〜」と言ったら何を勘違いしたのか天野は「それほどでも」と照れた。

「お前俺が追われてたの見ていたんじゃねーのか」
「見てたよー。みんな必死で樫野にチョコレート菓子の作り方を教わろうとしてたね」
「あれは教わる態度じゃねえ」
「明日はバレンタインだからね、みーんな必死なんだよ。恋する乙女達可愛いじゃないか」
「どこが乙女でかわいいだ。全員肉食の目をしてたぞ」
「コツを教えてあげるくらいすればいいのに」
「ばっか!嫌だ」
お前、なんでそんなに他人事なんだ。

「裏があるんだよいちごちゃん。バレンタインっていったらチョコレート、チョコレートといったら樫野、
って感じで何か話し掛けやすくなるし、手取り足取り教えてもらって何だかイイ雰囲気になって、告白大チャーンス!!!みたいなね」
安堂が調子に乗って答えて
「へええ〜樫野に手取り足取りなんてめちゃくちゃ疲れるのに皆すごいね」
天野が変なところに感心している。
そりゃどういう意味だ。
「でも私もバレンタイン楽しみ、学校中がチョコレートの香りで溢れていてみーんなおいしそう」
「お前学園まで食う気か?どんだけだ」
「うるさいなあ。いいじゃない。みんなバレンタインチョコレートたくさん貰うんでしょ?だってスイーツ王子だもんね。楽しみにしてるね」
「な・・・何でいちごちゃんが楽しみなの?」
「食べきれなかったら、どーぞ私にお任せください。余らなくても、ちょっとずつ貰えたらなーって」
えへへ。って無邪気に笑う顔に俺達は苦笑を漏らすしかなかった。
「バレンタインっていいよねーいろんなチョコレート食べられるし、
お店限定のチョコレートケーキなんて毎年目移りだよ〜最高バレンタイン。皆いーっぱい貰ってきてね!」
お前のバレンタインは何か間違ってるぞ天野!
すっかり花より団子、花よりチョコ、ケーキ、スイーツ天国の天野はうっとりと目を閉じて
どの順番で食べようかなーと寝言を起きたまましゃべっていた。



「あー樫野君いた―――――――――!!」
キイイインと響いた女子生徒の声に、俺は思わず紅茶を噴いた。
その生徒の声に大勢集まってくる気配がする。
「ごっごっそさん」
それだけは叫んで脱兎のごとくバラ園から逃げ出した。
後ろから
「行ってらっしゃーい」
という天野の場違いな声を聞いた気がしたが、突っ込むどころではなかった。
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