夢色パティシエール

□おかしのいちご
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「いちごちゃんの名前って良く出来とるなあ」
「はえ?」
休み時間にルミさんが突然良く分からないことを言い出した。
ぽかんとその顔を見上げていると、「苗字と名前の語呂がいいやん」と笑った。
「天野いちご。甘い苺なんて可愛いなあ。加藤ルミって普通やろ、ちょっとうらやましいなって」
「ルミさんって名前珍しいと思うよ。今まで友達にいなかったし」
「いちごの方がもっといないと思うけどな・・・でももったいないなぁ」
ルミさんが眉根を寄せて首を傾けるのに意味が汲み取れずに眺めてしまう。
「結婚したら、苗字変わってまうやろ?せっかく甘いいちごなのに、変なのにあたって可笑しな語呂になったらどうするの」
「ど・・・どうするって・・・」
「カライとかニガイとか」
「あるの?そんな苗字」
「分からないけど。天野以外で似合う苗字あるかな・・・全国一の佐藤さんとか」
「砂糖・・・佐藤いちご?」
「おお、ぽい。ぽいよいちごちゃん」
何がポイのか分からないけど、ルミさんは楽しそうだ。
「佐藤、天井、加藤いちご」
「加糖ってこと?甘そうだね」
「いちごにかけたいのは練乳やけど、さすがに練乳さんはいなそうやなー」
「練乳さんって・・・」
「なんかこう・・・可愛い感じで、おいしそうで・・・お菓子みたいな・・・あ、あーあるやんぴったりなの身近に」
がしっと両手で手を握られて、楽しそうな顔をぐいっと近づけてきたルミさんにのけぞった。
「ル・・・ルミさん?」
「樫野、お菓子のいちご、樫野いちごでええやん!!」
決まったーと喜ぶルミさんは満足そうににこにこしていた。
え、ちょっとまって・・・え?
「可愛い。美味しそう。樫野いちご。どうやいちごちゃん」
「ど・・・どうって」言われても困るんですけど。
だってそれじゃ・・・将来の相手が・・・その・・・。
「決まったーはーすっきりしたわぁ。あ、次移動教室やなほな、行こかー」
ルミさんはすっきりしたようで「うん」と声を出して伸びをすると、上機嫌で教室を出て行ってしまった。
ちょ・・・ちょっと待って――――――――!!!

それから頭の中をルミさんの言葉が回った。
お菓子のいちごで、樫野いちご。
ぴったり、可愛い、甘そうでおいしそう。

た、確かにそうだけど・・・その苗字の人はこのクラスに一人しかいないわけで、ルミさんが暗にほのめかした相手ももちろんそうなわけで。
調理室に移動するとチームで分かれるので
その名前の人は目の前にいて、真剣な顔でチョコレートのテンパリングをしていた。
樫野。

もし、もしも、将来。
この人とけ・・・結婚したら・・・かし・・・樫野いちごになる。

わああああもう!ルミさんが変なこと言うから妙に意識しちゃうじゃない!
ないっ無いよ!全然無い。
あたしが好きなのはアンリ先生だし。
アンリ先生と結婚したら、イチゴ・リュカスっていうかっこいい名前に・・・・
変だ。イチゴ・リュカスってすごい変!あまりのしっくりこなさに自分で驚いてしまった。

で、でも先のことは分からないじゃない。
もしかしたら花房いちごとか安堂いちごとか・・・何勝手に想像してるんだろう。
このもてるスイーツ王子たちと結婚する想像とかおこがましすぎる。
ファンの子たちに殺されちゃうよ!
山田とか鈴木とかにしとこうよ・・・でもどれもしっくりこない。

ルミさんがぴったりとか言うから
樫野いちごが一番合う気がしてきてしまった。
14年間天野いちごで生きてきて、この名前を手放す日が来ることなんて
全然想像できなけど、いつかくるとしたら・・・樫野がいい・・・気がする。
な・・・なんて・・・ねーきゃー////////

がしゃーん。

つるりと手の内からボールが滑り落ちて、カスタードクリームが床に飛び散った。

「あ・・・」
呆然と足元を見る、その背後からぞくっとする気配を感じ取って、恐る恐る振り返った。
いつのまにかそこに樫野がいた。
仁王立って明らかに怒ってるのが分かる。
すうっと息を吸う音が聞こえ、あたしは思わず身構えた。
「何やってんだお前は――――――――!!!」
ひいいいいいい!!!!
「ごめんなさーい!!」


怖い!樫野怖いよ!やっぱなし!樫野なし!
樫野いちごは今後ともありません。
だって怖いもん!怒ってばっかだもん!
結婚以前の問題だよ。あたし絶対好かれてない!
ルミさんごめんなさい。せっかくぴったりといってくれたけど
まず、見込みがありそうに無いです。
他にぴったりな苗字があったら教えてね。
そんなことを思っているあたしの頭の上で
樫野がまだがみがみ怒っていた。
ああ・・・絶対にないよー。




耳がまだキーンとしてる気がする。
しかも先生がチームごとに席についてくださいとか言うから
座学でも隣が樫野になってしまった。

うう・・・またへまできない状況に。
緊張しちゃう。と、思いきや
先生の長い話に思わずうとうとしてきてしまった。
ああもうだめだ・・・ちんぷんかんぷんで眠気が襲ってきた。
瞼が自然に落ちてくる、逆らおうとしてもだめだった。
眠いな・・・。

なんだっけ・・・ルミさんが苗字がどうとか・・・
樫野いちごだっけ・・・ぴったりな気がしてきたけど
樫野には怒られてばっかりだし・・・将来なんて・・・。
一緒にいる未来を想像してみたら「こんなもの食えるかー」と何故かちゃぶ台をひっくり返している樫野の姿が浮かんできた。
思わず笑ってしまう。ありそう。
掃除がなってないとかちくちく言ってくるの。
小言が多いんだよ樫野は。

でも、何かあったらすぐに飛んで来てくれるの。
はぐれたらすぐに探しに来てくれる。
やっぱり怒ってるけど、怒りながらすごい心配してくれるの。
優しいとこ・・・あたし、知ってる。
知ってた。

人に厳しくする分、自分にも厳しいのも知ってる。

なら、樫野いちごもいいな・・・。
うん・・・けっこう・・・いい。



「―――――!」

あれ、今あたし呼ばれた?
そんな気がして
「はいっ!」て思いっきり返事して慌てて立ち上がった。
・ ・・あれ?
しーんと静まりかえるクラス。
先生が黒板に問題を書いていて、それを差していた。
きょろっと辺りを見渡して今更授業中だったことを思い出した。
「あ・・・れ?」
首をかしげると、なぜかどっと全員が笑い出した。
ぐいっと袖を引かれて、引っ張っているのは呆れた顔をしている樫野だった。
「座ればかっ!」
「・・・へ?あたし、呼ばれなかった?」
「呼ばれたのは俺だ。なんでお前が立つんだ」
「樫野だよね?」
「・・・お前は自分の苗字を忘れたのか?天野」
「あま・・・!?」
とんでもない勘違いに慌てて座った。
全身がかあっと熱くなる。
「寝ぼけんのも大概にしろよ。お前が問題解くならいいけどな」
黒板の文字が頭に血が上ってぼやけた。そうでなくてもきっと解けない。
「む・・・無理」
首を振ると樫野が「だろーな」と言ってさっさと答えを発言していた。
思わず顔を覆った。
穴があったら入りたいくらいの恥かしさだった。
あたしは数秒だけ完全に自分を樫野いちごだと勘違いしたのだ。
うう・・・恥かしい・・・死ぬ・・・。

ちらっと指の隙間から、ルミさんを見ると、既に察しているのかにやにやと
顔が笑っていた。
どうやら次の休み時間にはいじめられる覚悟をしなければならないみたいだ。

案の定休み時間になった途端近づいてきたルミさんが、あたしのことを「樫野さん」と呼び始めた。
隣にまだ樫野がいるのに・・・あたしの勘違いが気づかれたらどうしよう。
暫くこのネタで遊ばれる気配をひしひし感じ、もういっそ本当に樫野になりたいと思うくらいルミさんはあたしを散々おちょくったのだった。
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