エレメントハンター

□WD
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スペースコロニーみらい。
元素消失の起こらない宇宙で各種元素の保存や消失の原因究明を行う研究機関。
選び抜かれたエリートしか住むことが出来ない希望都市。
地球の未来を背負った少年少女たちが集う未来プロジェクト本部のラウンジで候補生たちは各々過ごしていた。
本を読んでいたり、お茶をしていたり、仲間内で集まって談笑に花を咲かせている。
そんなリラックスムードがゆったり流れる中、ロドニーは情報端末に噛り付いていた。

眉間に皴を寄せ、食い入るようにモニターを覗き込み、手元にあるマウスは定期的にかちかちとクリックされている。
その深刻そうな面立ちに、ロドニーの様子がおかしいと気づきながらも候補生たちは話しかけられずに迂回する。
そもそも普段から気軽に近づきやすい雰囲気というものを放っていないので今日は3割り増しの見えない壁が彼を覆っているようだった。
それほど没頭し、情報を操作する彼の姿に何か鬼気迫るものを感じ、候補生たちは顔を見合わせいったい何事が?
と囁き合っていた。



「何の集まり?」
ひょこっと顔を出し、ポップコーンのカップを持った少年がひそひそと顔を近づけ合っている輪の中に現れた。
「うわっ!って、何だトムか・・・あのさーお前はそんなのんびりしてていいのか?」
「あのロドニーがもう2時間近くああして悩んでるってことは、元素回収にトラブルでも起きてるんじゃないかって話してたんだよ」
「そうそう、トムだって第三期生メンバーなんだから協力するとかさあ」
ポップコーンカップを傾けてざらざらと口に流し込み、もぐもぐと咀嚼した後飲み込んでいる最中に考えていたのか、
「うーん」とうなって「特に何もないけど」と答えた。
「じゃあ、一体何を探しているんだ?」
「こんな公共スペースからデータベースにハッキング?」
「いやいや元素消失に関する独自の理論展開の証明を」
トムは真剣な顔でそんなことを話しこむ仲間にクククと声を漏らして笑った。
「おい俺たちがまじめに話してるのになんで笑うんだ」
「いやーだって・・・あれ、別に仕事じゃないでしょ。プライベートなことで悩んでいるんだと思うよ」
へ?と三人は目を点にした。
「だって、ここラウンジだし。それこそ自室でやるでしょ、そんなことは」
「え・・いや、まあそうか」
ロドニー・フォードがプライベートな問題で悩んでいることがいまいち想像できなかった三人が納得行かない顔でいると、
にやっとトムは面白そうに目を細め指差した。
「後ろからこっそり覗いてくれば?あんだけ集中してるんだ。絶対気づかないさ」
「そ・・・そうかな?」
「大丈夫大丈夫」
じゃあと手を上げたのは中でも小柄な少年で、こそこそと身を低くしてロドニーの背後に忍び寄ると、
ちらりと画面を確認してすばやく戻ってきた。
「ど、どうだった?」
「・・・・うん。プライベートな感じだったよ」
「何見てたんだ?」
「ネット通販系の大手サイト」
「ああじゃあ・・・何か買う気でいたのか、それなら納得できるな」
「慎重に選びそうだよねぇ、価格比較とかしてさ」
なーんだ納得納得と頷きあう二人を制するように、今しがた戻ってきたばかりの偵察兵がおそるおそる手を上げた。
そして唐突に告げた。


「くま」
「は?くまって熊?」
「ロドニー熊を飼う気でいるのか?」
「はっはっはっ流石にそれは無理だろ。何言ってんだか」
「ちっ違うよ。くま・・・かわいいやつ。首にリボンしてる」
「ティディベア?」
「たぶん、あと何か・・・ネックレスとか髪飾りとか・・・なんかそういうのを端からお気に入りに入れてた」
「あんな怖い顔で?なんでそんなのチェックしているんだ・・・くまのぬいぐるみって何に使えるんだ?お前いる?」
「俺はいらないよ。もらってもしょうがないし。間違って貰ったら妹にやる」
「あとネックレスとか髪飾りって女物だろ?そんなものロドニーはどうする気なんだ」
「え、まさか自分で?いやいやいやいやあいつの顔は無駄に整ってるけどそーいうのじゃないだろ」
「ロドニー・フォードの知られざる趣味・・・とか」
うわーっと吐きそうな顔を浮かべて見合う三人に、たまらずトムは噴出した。
「ぷはっはははっ――――ったく、なんでそうなるの?もうすぐあの日が近いから必死になってるのに決まってるじゃん。
貰うことには馴れてるけどいざ人にあげるってなるとさあ難しいよねぇ。
絶対に外せないって危機感もあって、絶対に喜んでもらえるものって相手のこと相当分かってないと無理じゃない」
「ちょ、ちょっと待てトム、お前の言っている事が全然わからん」
「ロドニーはプレゼントを選んでるってこと?何で」



「はあ?何でって・・・もうすぐじゃないか」

「もうすぐって・・・何が?」
本気で分からない顔をしている三人に、トムのほうが何でだろうと首を傾けた。
あのイベントはそんなに浸透していないものなのだろうかと、当たり前のように思っていた行事を疑いだす・・・いや、でも・・・あれ?
しょうがないから答えを出す。それでも知らないというならもうお手上げだね。
「ホワイトディさ」



「へーホワイトデイ・・・」
「そっかあホワイトデイ」
「なるほどなあ・・・・それってあれ、ですよね?バレンタインのお返しをする日ですよね」
「ああ、なんだ知ってるんじゃないか。何だよ知らないふりしちゃってさ。びっくりしただろ」
「そっかー・・・じゃあロドニーはそのお返しを」
「そうそう必死になっちゃっておかしいよねぇ。あんな余裕の無い顔なかなかレアだぜ、
訓練プログラム演習でもあそこまでじゃなかったな。目の下に隈なんか作っちゃってさー、
絶対昨日から暇を見つけては探してんだろうなーいよいよ追い込まれてんだ。あははっうけるなー」
けらけらと腹を抱えて笑うトムに賛同できず、ぽかんと見守る三人に、笑いを止めていぶかしむ。
「なんか変なこと言った?」
すると3人は音が立ちそうなほど首を縦に振った。
あっというまに取り囲まれ、トムは顔を引きつらせた。ちかい男と顔が近い。生理的にいろいろと受け付けなかった。
「お返しということは、返す相手がいるってことだよな?」
「そりゃ、そうでしょうよ」
「ななななんでロドニーがホワイトデイとかそういうイベントクソ食らえって感じでスルーだったじゃんか」
「いやまあ、でも先にバレンタインデーがあって貰っちゃったら強制エントリーでしょ」
「えええ何それ!それでもそういうのには一切興味なかったジャン。一方的に貰って終了だったじゃんか。
顔が良くて生粋セレブでSAクラストップだけでも嫌味なのに彼女までできちゃったらもうあいつを殴るしかない!」
「おいおいおちつけ!畜生おれも悔しい。あいつのいいところはイケメンなのにもてないところだったのに!」
どろどろとした私情を三方向から浴びせられ、流石にトムも苦く笑った。
わーロドニーってこんなふうに思われてんだなー。
エレメントハンター第三期メンバー仲間としては同情しちゃうな。
ロドニーはいつだってどこか人と距離を置くような付き合い方をしていた。
他人の事になど興味がなく只管エレメントハンターになるために必要な事にのみ没頭してきた。
友人を作って遊びに行く暇があるならトレーニングしていたほうがいいと素で答えられる人間だったから、
トムもそれに合わせた踏み込まない付き合いをしてきた。
正直エリートらしい坊ちゃんタイプの、何の面白みも無い人間だと思っていた。
それがいまや、突然現れたたった一人の女の子に振り回されて、いろいろと駄々漏れだ。
頭でっかちのロドニーが理論を忘れて感情で物を言ってる時には思わず笑ってしまう。
それに本人が気づいていないのもおかしいし、本気で彼女と口げんかしている様なんて記録にのこしたいくらいだ。
あんな風にぎゃあぎゃあと喧嘩しあっている姿をこのコロニーじゃ一度だって見たことが無い。
完全に閉め切っていた他人への扉を彼女がぶち壊した。
正面きって喧嘩売られたの、はじめてだっただろうし。
そもそも訓練生総合トップのSAに文句を言おうと思う下位のものなんていないのだ。
成績と序列が全てのこの育成機関ではそれが顕著だ。
だから彼女は特別なのだろう。
きっとロドニーに対して平然と「ばーか」と言ってのけられるのは彼女くらいだから。
・ ・・だから惚れちゃったのかなロドニー君は。
くくっと二人の口げんかを思い出すと笑ってしまった。


「笑っていられる場合か」
「で、お前は知ってんの?どんな?やっぱ可愛いの?」
「何処までいってんのなあなあ」

なんで俺が問い詰められてるんだ?すぐそこに本人がいるのだからそっちに行けばいいのにと思い始めたころロドニーは席を立っていた。
「やっやーロドニー調子はどお?」
3人に取り囲まれつつ手を振ってみると、ロドニーは目の下に隈を作ったげっそりとした表情でぼそりと返事をすると首肯した。
「ああ、お前らは楽しそうだな・・・」
「ずいぶん悩んでるみたいだけど決まったの?」
「・・・一応。ただ100パターンほど脳内シュミレーションをしてみたんだが、何を渡しても怒られている想像しか出来なくなってきたから・・・やめた」
「それは・・・病んでるね。あーそうそうこいつらが君に聞きたいことがあるんだって」
えっっと話題をふられた三人は慌ててトムの口を塞ごうと飛び掛る。
が、トムもSAクラスナンバー3、簡単にそれをよけるとべしゃっと三人が床に倒れこんだ。
半笑いを浮かべ見上げた先に、ロドニーのきょとんというか無表情顔が威圧たっぷりにみおろしていた。
「何だ?」
「え、そのえーと」
「たいしたことではなくて」
「風の噂で聞いたロドニーの彼女はかわいいのかなあって」
「なっ!?」何でそんなことを知っている・・・と思い立った節がありトムを睨むと、トムは目を逸らしてわざとらしく口笛を吹いていた。
(あのやろう!)
「で、えとどうなの?」
「か・・・関係ないだろ」
「そーですよねえ」と引き下がろうとした3人の背後から、にょろりとトムが顔をだし三人を盾にした。
「そーんなに可愛くないよねえ毎回ぷりぷり怒っててさ、ロドニーの趣味ってば悪いからあんま期待して想像しないほうがいいよーがっかりするから」
「え、なに?なにいって」
おろおろしだした三人の影に隠れてトムが彼女を否定した瞬間
ロドニーの顔つきが変わっていた。
ぞくっとしたものを感じて、トムを見上げつつもうやめて、挑発しないでーと三人は内心で懇願していた。
「ほんと可愛くないよ、ねえキ」
続こうとしたトムの発言をかき消すようにロドニーが叫んだ
「彼女は可愛い!!世界で一番可愛いと思っている。何も知らないお前が彼女のことをどうこういうな!」
「うん、そうだね。ごめんよロドニー」にっこりと笑ったトムの顔に、ひっかけられたのだとロドニーは顔を真っ赤に染め上げた。
しかもラウンジに響き渡った所為でざわざわと注目を集めている。
とたん身の置き所をなくし、ロドニーは逃げるように自室へと戻ってしまった。


「いやあ青春謳歌してるなあ我が友は」あははははーとのんきそうに笑うトムは罪悪感などかけらも無いようで、
からから笑いながらポップコーンをおかわりし、そのままどこかへといってしまう。


しばらく、ロドニーの彼女は世界一可愛いのだと噂がながれやっかまれたが、あまりにロドニーが不機嫌になるのでうやむやになり消えていった。


後日、QEXの出現でネガアースへ行ったとき、やっぱり地球チームもきていて鉢合わせをした。
ロドニーが彼女を見つけて、目が会うといつもだったらまた邪魔するき!と怒るはずの彼女がただ気まずそうに目を逸らすとそそくさと行ってしまった。そんな態度に不機嫌になるのかと思いきや、ロドニーの顔はゆるーく・・・ふにゃふにゃとなっていて頬まで高潮しているありさまで、気になったトムが彼女をよおく観察してみると、何時もとは違う色のリボンがオレンジ色の髪を飾っていた。
なっるほどー。

「ねえねえキアラ、いいこと教えてあげようか?」
「なによ」
「ロドニーのやつってば、君のこと世界でいちばん」
「わーわーっ!!!お前ー何を言う気だ!!!」
「やだなーこの前きみがラウンジで叫んでいた」
「ちょっとなによ」
「なんでもない!!」
「それがさー皆のまえでぇ」
「いい加減にしろっそれは僕が言うからいいんだ」
「じゃ、どうぞ」
「へ、いやっちょ」
「もうなによはっきり言いなさい!!!」



今日もトムは彼らを観察できることに至福を感じている。
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