その指先に 【完結】

□fortissimo
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いつものように鍵盤に触れる。
奏でた音は、いつもとは違った。


【2.fortissimo】


袖で待っている間、いつになく緊張している自分に気付いた。
理由はわかってる。
どこかにあいつが――紗枝がいるって意識しているからだ。
気分を落ち着かせようとジャケットに手を突っ込んでも、お目当てのものはなかった。

「…さっき、置いてきたんだな」

今から戻っても、時間に間に合わなくなる。
大きく息を吸って吐く。

「玲」

呼ばれた声に身体が大きく跳ねる。
ついでに心臓も。
振り返ると、そこにはシンプルで、でも手入れのされたネイルの持ち主がいた。

「なんだ紅愛か、それにみのりも」
「久しぶりの再会なのに、その反応はないんじゃないの?」
「そーだぞ玲」
「つっても最近会っ…てねぇな」

つらつらと素っ気無い会話。
でも、あたしにとっては充分に生きた会話。
ほんの少し、力が抜けた。
正直、ありがたい。

「ところで玲、紗枝には会ったの?」

言葉に詰まったのを紅愛が見逃すわけもなかった。

「まぁ、あなたの自由だけど」
「…当たり前だ」

眉間に力がこもった。
せっかく誤魔化せていた気持ちが揺れる。

「せめて挨拶くらいはしなさいよ、社会人の常識として」

結局会えって言ってんじゃねーか、と心で言い返す。

「気が向いたらな…そろそろ出番だ、ここで観るのか?」
「折角の舞台だし、客席から観るわ。みのりもまだ食べ足りないみたいだし」

みのりに目をやると、新しく運ばれてきた料理に目が釘付けになっている。

「そうか、じゃあな」

二人に背を向けて片手をひらひらと振る。

「玲」
「あ?」
「メジャーデビューおめでとう。あと、いい加減そっちから連絡寄越しなさいよ」

それだけ言うと、連れ立って人ごみの中に帰っていった。

「なんで知ってんだよ。でもまぁ…」
『それでは、先日アメリカにてメジャーデビューが決定したジャズピアニスト――』

よく通るアナウンス。聞いて苦笑い。
…なるほど、そういやあたしもお前の商売道具だったな。

『神門玲さんです、拍手でお迎えください!』

その一言を合図に、スポットライトを浴びるピアノの元へと歩みだした。
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