その指先で

□a ray of hope
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深く愛することのできる者のみが
また大きな苦痛をも味わうことができるのだ

ロシアの思想家、トルストイはそう遺した。



「今しんどいのは、それだけ玲を想ってるってこと?」
「そう言われると恥ずかしいわね」

神門家を出たその日。
いざ玲の元へ行こうと思った途端、その出端を見事に挫かれた。それからはどんな些細なことでも玲に繋がりそうな情報を探す毎日。
今じゃ、こうして紅愛を呼び出してはその鬱憤を晴らすことが恒例になりつつある。
今日は大きなモニターと小さめのモニターが店内のあらゆるところに設置されている、俗に言うスポーツバーで。今は海外のサッカー選手たちが映しだされている。

「で、あんたは思想家にでもなるつもり?」
「まさか。それじゃ満たされないもの」
「…はいはい、ごちそーさま。でも、あれからもう1年よ」

面倒そうに言いながら、その表情にイラ立ちが見えるようになったのは、まったくもって進展が見られなくなった頃から。
時間の経過だけを見送るだけじゃないけど、結局はそうなってしまうのが現状だった。

「あっと言う間よね」
「あのおぼっちゃんは、お子様が出来たっていうのに」
「そうね。でもそれは喜ばしいことよ」

再婚したという報せを、お別れをした半年後に仕事で会うことになった本人から聞かされた。感想としては、あぁそうなんだ、ってくらい。
その後、それなら最初から私じゃなくても良かったんじゃないかって素直に声にすれば。
君にも事情があったように僕にも事情があったんだ、と以前と変わらない口調で淡々と返答をされた。
私の事情。家のこと、家族のこと――玲のこと。
それと同じくらい大切な事情が、この人にあったのかわからない。
今さら責めることなんて出来ないし、したところで私の何が報われるのかも見えてこない。
そうですか、おめでとうございます。そう伝えれば短く、あぁ、とだけ零してすぐに仕事の話に戻ってしまった。
その後すぐに紹介された奥さんは、想像以上に「普通」で。
あれこれと話すうちにとても良い関係になれた。今やお友達だ。
妊娠の報せを聞いた時は、心から素直におめでとうと言えてしまえるくらいには仲良しになれたんじゃないかな。
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