その指先で

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紅愛と二人で、久我さんをモニターで見つけてからきっちり1週間。
向こうから指定された場所は、彼女の自宅。
久しぶりに会った彼女はあの頃と同じように、へらりと笑って。
それでも随分と大人びた印象を受けた。

「やー、まさか綾那からの電話で祈さんが出るとは思いませんでした」

通された客間。目の前のテーブルには、湯気をたっぷりと揺らすコーヒーが置かれた。

「ごめんなさい。驚かせちゃったかしら」

市民体育館で剣道の指導をしていた無道さんを捕まえて、久我さんの連絡先を教えて欲しいとお願いした。ご飯をご馳走するという提案はやんわりと断られてしまったけれど。

「驚きよりも嬉しさが勝ってましたよ。元気そうで良かったです」
「あー…最後に見せたのが、あんな場面だったものね」



思い出す。
全剣待生が観戦していた私たちの頂上戦。
黒く染まった制服で呆然としたままの玲。
視界に私を捉えたその一瞬、ひどく揺れた瞳と、掠れた声で呼ばれた名前。

伝えなきゃ、と思って。
玲と居られたことが楽しかった。
玲と見れた景色に、順位なんてなかった。
全部が一番だった、って。

それでもひとつだけ、大切な想い表す言葉は押し込めた。
泣かないと決めていたのに、その気持ちが外に出たいと暴れたせいで、少しだけ泣いてしまった。
でも、泣き顔を見せたまま玲の前から去りたくなくて、意地で笑って見せた。
それなのに玲は、迷子のこどもみたいな表情をしていて。どうしようもなくて、ぎゅっと抱き締めた。
玲の腕が、私の背中に回ることはなくて。
しめっぽいのは勘弁してくれ、なんて震える声で言われて。あぁ、玲も区切りをつけたんだって理解した。
気をつけて行けよ、という言葉に、私はきっと今まで玲に向けたことのない笑顔で応えていたと思う。



「情けない場面を見せちゃったわね」
「素敵でしたよ、みんな。一生懸命で、まっすぐで」
「…ありがとう」

はた、と気付く。はじめてあの時の私たちの評価を聞いた。
その事と、久我さんの言葉がじんわりと胸を満たして、思いがけず視界に膜が張った。
それに気付いたらしい久我さんは一瞬驚いて目を大きくしたけど、柔らかく微笑んでゆっくりと視線を外してそのままコーヒーカップに手を伸ばした。
それと同時に、目尻に溜まりかけた涙を指先で手早く拭う。

「さて、早速ですがあたしに会いたかった理由を聞いても?」

手にしていたカップを置くと、少しだけ身を乗り出して、人懐っこい笑顔。
やっぱり、私の方が緊張しているのかもしれない。

「久我さんにお願いしたいことがあるの」
「なんでしょう?」
「お仕事の依頼をしたいの」

そう言うと、がっくりと項垂れた。

「おねーたまからデートのお誘いかと思ったのに…」

唇を尖らせていじけた表情をしながらも、その目はさっきまでの穏やかさを少し潜めた。
近くにあったメモ用紙とペンを引き寄せて、腕まくりをする。

「よしっ。では、お話を伺いましょう」

ぱちん、とひとつ寄越されたウインク。
軽快なそれを合図に。

目に見えない、どこにいるのかもわからない玲の輪郭に触れられた気がした。
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