ヤマアラシ

□私の幼さ
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明日、家に来ませんか?

別に綾の家に行くことは初めてじゃないから騒ぐことでもないけど。
それでもそう言いながら渡された鍵。顔を赤くして笑う綾に、自分まで顔が赤くなってしまった。
恋の病、だとしても、かなり重症だと思う。

今まである程度の恋はしてきたはずだけど、今までこんなにも嬉しかったことってあったっけ?

合鍵を渡したことも渡されたことも、一応経験はあるんだけどなぁ。
あれこれ考えていると目的地に到着。私の家からは時間がかかるけど、会社からは近いんだよね。
徒歩15分って言ってたけど、それほど距離を感じなかった。

エントランスも渡された鍵で開くって言ってたっけ。何度か来たこともあるマンションの8階、その角部屋。
約束の時間になってるし、入っていいよね?
鍵を差し込んで右に回すと、少しの手ごたえと一緒にガチャリ、と音がした。ゆっくり扉を開く。

「…どういうこと?」

目の前に広がる光景に首を傾げる。昨日渡された合鍵を使って扉を開けたのだから、この家の主は綾。
それは間違いない。

「あ、いらっしゃーい」
「…何で居るの」
「そんな人をゴミのように見ないでよ」

出迎えてくれたのは何故か優希。少し間を置いて、奥から綾が出てきた。

「いらっしゃい、美和」
「あ、うん。てかコレは何?」

優希を指差して尋ねると、何か問題でも?みたいな顔して首を傾ける。

「今日は美和が遊びに来るから、良ければ優希さんもどうですかって」
「私も今日は暇だったし、折角綾ちゃんが誘ってくれたのに無碍に出来なくて」

にやにやする優希に手を伸ばすと、素早く綾の背中に回って、その背中を両手で押す。

「わっ」
「ちょ」

バランスを崩した綾を抱きとめると、甘すぎない香りが鼻をくすぐった。
この状況を作った張本人はすでにリビングへと逃げたらしい。逃げ足は速い。

「…美和」
「ん?」
「こうしてるのはすごく嬉しいんだけど、そろそろ離れてもいい?」

背中に回してた手を緩めると、頬を赤く染めて照れ笑いをする綾。

「あ、先にくつろいでて。飲み物用意するから」

言って台所へ向かう背中。セミロングの髪からちらりと覗く耳も赤くなっていて、胸のあたりがこそばゆい。
綾って結構体つきががっしりしてるんだよね、なんてことを考えたら、自分の頬にも熱が集まるのがわかった。
ベランダにでも出て冷やそう、うん。
リビングに行けば、優希がベランダにあるパイプイスに座り込んでタバコに火を点けていた。

「優希、ここに来るの初めてだよね?」
「当たり前じゃん。そんな怖いこと出来やしません」

ぷかり。
器用に吐き出した煙でわっかを作る。ぐにゃりぐにゃりと形がいびつになって、消えていく。

綾に優希を紹介した時もコレをしていて、綺麗に輪を吐き出す優希をまるで子どもみたいな目で見てたっけ。
最初は緊張していた綾も、優希のいい加減な性格(って言うとフランクって言ってよと怒る)のおかげで思ったより早く打ち解けていた。
あれこれ話しながらカラカラと笑っているのを見て、似てるなって思った。
私からすれば、二人とも手の掛かる子どもみたいな感覚。特に優希は。

「いつ番号交換したの?」
「初めて会った時だよ。美和がトイレ行ってる間に…って、やきもち妬いて、綾ちゃんのメモリから消さないでよ?」
「しないわよそんなこと。優希が変な気起こさなければね」

優希はバイセクシャルだけど、かなりオンナノコ好きだ。
現在進行形で複数人の女性と「大人のお付き合い」をしている。
だから綾のことを相談出来たし、紹介してもいいと思ったのだ。

「あー、苦いはずのタバコが甘く感じるわ」
「何?そういう商品なの?」

見慣れたシガレットケース、その中を確認すると銘柄はいつも通りマイルドセブン6mmだ。

「…あんたら二人揃うと空気が甘くて仕方ない」

帰ればいいと思うよ。
言うと、くわえていたタバコを携帯灰皿に押し付けて、深々と頭を下げてきた。
綾の呼ぶ声が聞こえて、先にリビングに戻るよと言い残して中に入る。
用意してくれた紅茶は私好みの甘さだった。
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