ヤマアラシ

□私の強がり
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気合いを入れてオフィスへと足を踏み入れて、途端に後悔した。

見間違いであって欲しいって思うのに、なんとなくこの状況を受け入れようとしてる自分がいるのも確かで。
抱きあった二人。高平さんの腕の中にいる美和は、なんだかすごく小さくて。今更、この人は女性なんだなって思った。

『本当はすごく女の子らしいんだよ』

お昼に聞いたばかりの美和の印象。そんなこと知ってるって思ってたのに、思い違いだったって痛感する。
高平さんの腰辺りを握った美和の手、スーツに皺が寄るくらいにきつく掴んでる。
その手の小ささに、同じくらい胸が鷲掴みにされた気分になる。ただただ、痛い。

「え、と…」

私の声を認めた後の二人の動きはとても早かった。高平さんを突き放すように距離を空けた美和と目が合う。こんなに驚いた顔、初めて見る気がする。

「やだな、二人とも。私がいるって事、そんなにすぐ忘れなくてもいいじゃないですか」

声だって震えてないし、きっと普通に笑えてる。ただ、足が前に進んでくれないだけで。

「もう少し、ゆっくりしてきてくれても良かったんだけどな」
「違っ」

嬉しそうに笑う高平さんに、顔を赤くして慌てる美和。もうそういうことだって思っていいらしい。

「なんならもう一回、休憩で出ましょうか?」

そう言えば、からからと笑う高平さん。そして――

「綾」
「…ごめんなさい、今日はまだ残らないといけないので」
「終わるまで待つ」
「相当お待たせすると思うので、先に帰ってください」

二人の横を通ってデスクに座り直すと、肩に手を置かれた。

「…待ってるから」

勘弁して欲しい、そう声を出しそうになった時。

「宮下、俺、先に帰るわ。くどいかもしれないけど、あんまり無理するなよ?」
「お疲れ様です。本当に大丈夫ですから…しつこいと嫌われますよ?」
「お前に倒れられると困るんだよ。西尾は…」
「私はまだ帰らないわ」
「そか…んじゃお先に、お疲れさん。あ、あとこれ、サンキュな」

さっき美和の手にあった缶コーヒーを軽く持ち上げると、最後まで爽やかな笑顔を浮かべて、高平さんは帰っていった。むしろ、いっそのこと美和をつれて出て行って欲しい。
そんな願いも空しく、オフィスには私たち二人だけになった。
いつだったかこういう場面もあったけど、あの時とはまた違う雰囲気。
時計の秒針が進む音まで聞こえるくらいの静けさ。二人でいるのに、一人でいるような錯覚をしてしまう。

「…綾」
「職場、ですよ?」

どちらかと言えば美和が私に言うことの多い言葉。言えば、ぐっと言葉を飲み込む美和。
あぁ、そんな顔させたいんじゃないのに。全部が全部、上手くいかない。

「さっきのは…綾が思ってるようなのじゃなくて」
「じゃあどんなのですか」

吐き出す言葉は全て刺々しくて。きっと聞いてる美和のほうが痛いのに、言ってる私が泣きそうになる。だけど美和を見れば、その感情も冷えていく。

「それは…」

口ごもる理由がなんなのか、今は聞きたくない。
子どもじみてるかな…こんな私じゃ、やっぱり美和は隣にいてくれないよね。
わかってたくせに、それを承知でぶつかったくせに。

「…ごめんなさい」
「綾?」
「高平さんが先輩のこと好きだって知ってたのに、二人きりにしてしまって」

知ったのは今日の昼だけど。言えば目を大きく見開く。

「高平さんの事だから、少し強引でも行動しちゃった、ってとこかなぁ」

自分だけではどうにか出来ないと言っていたけど、私の協力を得られる今なら充分にあり得る。あまりのショックで話なんか全然聞いてなかったけど、それのせいで私は協力者として彼に認識されているみたい。
だから実際に行動に出たんだろう、自分が帰った後、私が何かしら美和に働きかけるだろうと。

「ドキドキした?」

こんなこと聞いても自分の首を絞めるだけで、何の意味もないのに。
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