春よ来い

□3月14日木曜日
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3月14日 金曜日

今日の為に用意しておいたプチギフトは順調に無くなった。
全てプレゼントしまってから遅がけに来店したお客様には、別にカクテルをサービスさせてもらった。

「優希さん、お疲れ様」
「お疲れ様でーす」

時計の針は天辺を通り越して早2時間。
片付け終わりと同時にふー、と長い息を吐いた後、ちょっとだけ疲れたような笑顔。うん、それすら色っぽい。

「純ちゃんの読み通り、平日とはいえやっぱり人の入りは多かったねぇ」

店の裏口を出れば、まだまだ冷たい風が全身を通り抜ける。

「恋する人には一大イベントだからね。あ、そういえば」

緩む口元を抑えながら、つつつ…と近寄ってその顔を覗き込んだ。

「ん、なに?」
「やー、優希さんのあんな顔、初めて見たなぁ」

凛々しくない、かっこよくない。
なんていうかものすごく…

「かわいかった」
「やめましょう店長」
「人気者の優希さんにヤキモチ焼いちゃう碧ちゃんも可愛かったけど」
「それは、まぁ」

あ、惚気た。嬉しい。心があったかくなる。

「碧ちゃん、確かに綺麗になったもんなぁ」
「純ちゃん…あの、ほんと」
「正直、笑顔にドキッとしたことあるし」
「おっとぉ」

今までそっぽを向いていた視線がバッチリ合わされた。
冗談を冗談として受け止め切れていない感じが私にでも読み取れるくらいに、優希さんも動揺してる。

「純ちゃんは他にドキドキしなきゃいけない人がいるでしょう」

その言葉に、身体が一瞬固まったのがわかった。それはどうやら優希さんもらしい。

「…ある意味、ドキドキしてるよ」
「へ?」
「今頃、強行手段に出てるんじゃないかなー」

一昨日。
名前を教えないままのカクテルを美味しそうに飲んでくれた彼女の笑顔を思い出して、胸が痛んだ。
想いを伝えられたかな、報われたかな。

「結果報告待ちですわー」
「……」
「さっ、早く帰ろう。明日も仕事だし、睡眠時間削りたくないよー」

そこからは普段通りの会話を交わしながら帰路を進む。
今日頂いたお返しの品や、週末の予定、来月開催予定のお花見のことについて。
楽しいことを話しているはずなのに、どこか胸の奥が沈んでいる感覚。
うーん、これはどうしたものか………あ、そうだ。

「優希さん!」
「は、はい?」
「ごめん、ちょっと戻る!」
「え、あ、はい」

突然の宣誓に驚いた表情の優希さん。
急に思いついたことだけど、さっきよりも心が浮上してる。

「どこか飲みにでも?」

立ち止まって携帯を操作する私と一緒に歩みを止めてくれた彼女は、口に出さないけれど心配してますと言わんばかりで。

「今日はもっと健全な遊びだよ」
「健全な遊び…」

まぁこの時間からする遊びに健全ってあるのかどうかと言われそうだけど。
手元の携帯が震えて、そのディスプレイに目を落とせば、いいよという了承の返事。

「春の海ってのもいいもんですよ。それじゃあ、お疲れ様。おやすみなさい」
「あ、おやすみなさい。気を付けて…」
「碧ちゃんにもよろしくね」

手を振りながら優希さんと別れて店に戻ると、目当ての物を抱えてすぐ外へ。
次に目指すは今日のプチギフトでお世話になった洋食店。の、駐輪場。
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