リクエスト

□オフの過ごし方(1日目・午前)
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『今度の日本公演で最終日前の二日間、オフがあるでしょ?
その日、付き合ってくれない?どうしても玲と一緒に行きたい所があるの。
ダメ、かな?』

日本へ向かう為の準備中。
そんなふうにお願いをされて断れるほど、あたしは薄情じゃない。
返事はそっぽ向いてぶっきらぼうだったかもしれないが、それはほら、アレだ。
まぁ察したんだろう。紗枝はよろしくね、とくすくす笑って。
その唇で、そっとあたしの頬を掠めていった。


そんな日常に、目眩すら覚える。





「……マジで目眩する」
「上ばっかり見てるからじゃない?」

ニコニコ。
こいつのこういう笑顔は嫌いじゃない。嫌いじゃないが、イタズラが成功しました!っていう感じで笑う時の、その当事者があたしじゃなければ、の話だ。

「約束は約束だしな。今さらナシってのは無い」

それに、行き先を聞かずに了承したあたしにも非はある。ただ。

「ただ、どうしてここなんだよ」

どデカい門扉は、まるで城のようで。見上げれば、真っ青な空に、見慣れた鐘。

「んー?玲、卒業してから来たことないかなって思って」
「いや、一度来てる。ひつぎに呼ばれてな」

言えば、意外そうな目をして驚く。どうして、という問いに、いろいろあったんだよ、と答えれば、紗枝は何度か頷いただけでそれ以上は聞いてこなかった。

「珍しく引くんだな」
「私は空気が読めますから」
「そーかよ。で、次はどこに行くんだ?そろそろ昼メシの時間だぞ」

どこか食事に入れる場所を探すなら、もっと都会に出ないと店は無い。広大な敷地面積を誇る学園の所在地はのどかな場所にある。早い話が、ちょっとした田舎だ。

「それなら問題無いわよ」
「あ?どっか予約でも入れ「ウィーーース」のか」

肩を組まれて引き寄せられると、爽やかな香水の奥、強く煙草の香りがした。

「おーボウズ!久しぶりだな!ちゃんとカルシウム摂ってるか?」
「黒鉄さん、お久しぶりです」
「おっ、嬢ちゃんも元気そうで何よりだ」

現れた人物は初めて会った時と寸分違わず、近い距離で会話を続ける。

「おい」
「よし、それじゃメシ食ってけ!」
「いいんですか?じゃあお言葉に甘えて」
「おい」
「おうおう、若いモンが変に遠慮とかするんじゃねーよ。頼れる時に頼っとけ。質も量も保証付きだ!」
「あはは。知ってますよ、在学中はほぼ毎日頂いてましたから」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇの。ほんじゃ、紅さんとこに行って入校許可証だけ貰ったら食堂に直行すること。
素敵なゲストをおもてなししましょうか!待ってるからなー」

置いてきぼりで話がどんどん進んで、滞りなく終了した。

「ね、大丈夫だったでしょ?それじゃあ行きましょ」
「こうなるって分かってたのか…?」
「なんとなくね」

さすが自分で空気が読めると言うだけのことはある。というか、読め過ぎて怖くなる。
正門横についているインターホンを鳴らせば、聞き覚えのある酒焼け気味の声が返ってきて。

『あんたらなら許可証なんざ必要無いだろ。好きなだけうろつきな』

とだけ言うと、近くにあった通用門が開いた。

「…絶対に手続きが面倒なだけだな」
「あは。かもね」

こうして、久しぶりに。
いや、紗枝が去って以来、初めて二人で天地に足を踏み入れた。
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