リクエスト

□オフを過ごして(最終日)
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「はぁ〜…すごい人ですね」

控え室で、開演時間まで過ごす。
入口のすぐ近くにいた久我が、部屋に設置されたホールの様子を映すテレビを見て感心したような声を出した。

「ありがたいことだよな」

まだ明るい会場内は、人の動きもしっかり見える。
音声は聞こえないけど、ざわざわというざわめきが聞こえてくる気がした。
紗枝とじーさんはそれぞれの持ち場へと出ていて、今は久我と二人だけだ。時折入ってくるスタッフの女子に、SPには思えないくらいの緩んだ笑顔で手を振ったりする。
かわいい女の子が多いですね眼福です、なんてにこにこしてるが、誰かがノックをする前に必ずドアの近くへと移動している。
腕の良いニンジャとじーさんが言っていたが、その評価は間違いないとあたしも思う。

「そういや、じーさんと顔見知りだったんだな」
「あ、はい。神門さんを探すにあたって、いちばん手強かったですしね」
「手強い?」
「ほんと何回尾行し損ねたか…ことごとく計画を崩されましたよ」

そう言えば、プライベートだけじゃなくてコンサート終わりにもよくあれこれ頼まれて出掛けたことがあった。どうやらそれが、久我の尾行を何度か失敗に終わらせていたそうだ。

「あの人、何者なんですか?すっごく頭のキレる人ですけど」
「何者って…音楽好きな、しがない喫茶店の店主だよ。あたしにはな」

今更詮索をしても、とも思うし、何より。
突然やってきた子どものあたしを何の疑いもなく快く受け入れてくれた恩人だ。それだけでいい。

「……ふむ。じゃああたしもその認識でいきます」

確かにコーヒーの美味しいお店のご主人ですしね、と言いながらまたドアの前へ。しばらくしてノックがされた。

「どうぞ」

あたしが応えれば、ドアが開いて。
現れた女子に久我がちょっとだけ身を引いた。

「紗希」
「玲、何枚か写真撮らせて」
「は?」

了承する前にフラッシュが光った。

「おい、何なんだよ」
「今回の特集で玲のこと取り上げるんだけど、私がそれの担当になったの。企画倒れれば良いのにね」
「…言う割には仕事してんじゃねぇか」
「仕事だもん。お姉から許可はもらってるから。
インタビューは今度向こうまで行くからその時よろしく。じゃあね」

バタン。まるで嵐だと思いながら閉まったドアを眺めていると、久我が笑った。

「神門さん、あの子に弱いんですね」
「弱いってかやけに強いんだよ、あいつは。紗枝の妹なら納得だろ?」
「そうですね…強いですね、本当に」

優しく笑うから。何か知ってることでもあるのかと思ったが、思うだけにしておいた。
この話は切り上げてもう一度モニターに目を向けると、さっきよりも埋まった客席。
そして短く着信を告げる携帯。
届いたメールを見てみれば紗枝からで、最後のサプライズ、という件名に画像が添付されていた。

「…マジか」
「どうかしましたか?」

首を傾げて聞いてきた久我にその画像を見せると、楽しそうに笑った。
関係者席と書かれた2階席のブースには数日前に見た顔や久しぶりに見る顔が、様々な表情をこちらに向けていた。

「みんな、相変わらずですね」
「知ってたのか?」
「えぇ。一応、祈さんから招待状が来ましたから。あたしはこの依頼がなければその中の一員ですよ」
「向こうじゃなくて良かったのか?」
「もちろん。お仕事頂けてむしろ感謝してますよ」

そっか。まぁ、とりあえず。

「チビとベース馬鹿がステージに乱入しないように気をつけといてくれ」

久我の任務を追加すれば、眉を下げて頷いた。

「了解です。でも、綾那と斗南さんがいるからよっぽど大丈夫だと思いますけど」

そんなふうに言いながらも会場内の図を確認しながら関係者席とステージまでの経路を計算しているらしく、指でなぞりながらブツブツと呟いている。
その間にあたしはセットリストを見直しながら、家族で来てくれると言った小さな女の子と、関係者席で騒いでいるだろうあいつらに今日の曲をどう聴かせるかを考えることにした。
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