幼馴染み(音)
□忘れないから。
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【1】
金曜日の放課後。
受験も終わって、卒業を待つだけの学校生活。
楽しいティータイムと演奏ばかりじゃなくなった。
慣れてるわけじゃない。
だからごめんなさいを言う度に胸が痛くなる。
それでも続けてありがとうを言うことで痛みを和らげようとする。
この痛みは、断る事で生じたものだけじゃない。
いつも思うんだ。
――きっと、私だって。
目の前にいるその子に、未来の自分を重ねる。
私はこの子のように、笑って頷けるだろうか。
わかんねーよ、そんなの。
わかるのは、今みたいな痛みじゃ済まないってことだけで。
その時にならないとわからないけど、今はただ会いたいと思った。
「おかえりっちゃん!」
「おかえりなさい、ってくっつきすぎです唯先輩!」
「ほっぺた真っ赤よ、すぐお茶いれるわね」
部室のドアを開けると、いつもの光景が広がる。
ほわっと胸に広がる温かさに、張り詰めていた気持ちも柔らかくなった…けど。
「あれ、澪は?」
ベースと傘はあるのに、ただ一番会いたくて声が聞きたい人が見当たらない。
「澪ちゃんなら予備校に用事があるって行っちゃったよ」
「慌ててたみたいで…傘も置いて行っちゃいましたね」
「…受験終わってまで、予備校に用事なんてあるか?」
そもそもそんな話は聞いてない。
朝も昼も、澪と教室で別れるまで一言も。
別に澪の予定をすべて知っていなけらばならないなんて…そんな必要はないんだけれど、また気持ちが強張って、身体に余計な力が入る。
「りっちゃん、ひとまずお茶飲まない?落ち着くと思うわ」
「…そだな」
やんわりと立つ湯気にふっと息を吹き掛ける。
揺らめく湯気、透き通った琥珀色の表面。
その向こう側に、泣いていたあの子の笑顔だとか、重ね合わせた自分の未来だとか、大好きなあいつの顔が見えた気がして。
穏やかな薫りを運ぶそれとは反対に、いつまでたっても気持ちは波立ったままだ。
「りっちゃん」
「…ん?」
「大丈夫?」
呼び掛けたムギの表情は明らかに心配だ、と言わんばかりで。
きっとムギはわかってるし、わかってくれる。
だけどそれでも。
「……サンキュ、ごめんな」
「ううん、いいのよ」
さっきみたいに、ありがとうとごめんを伝える。
こんなにも大切な仲間にさえ何も言えない。
頼ってもらえない悲しさとか、話してもらえない寂しさとかを知ってるくせに、どうしようもない性格だと自己嫌悪。
「……ごめんな」
誰に言うでもなく、ぽつり、小さく呟いた言葉。
いつでも力になるわ、と優しいムギは私だけに聞こえるように囁いてくれた。
ごめん、ごめんな。
こんな部長で、こんな友達で、こんな私で…ほんとにごめん。
後ろ向きな気持ちとこぼれそうな涙を、少し冷めた紅茶と一緒に飲み込んだ。