終わらない日々

□かさまつ13
1ページ/1ページ






「こんなもんか」

「うん」

「疲れたな」

「うん」

「おいお前さっきからうんしか言ってないぞ」

「疲れたんだもん」

「ま、そーだな」

「お蕎麦でも作りましょうか、引っ越し蕎麦」

「おー、いいな」









荷物をすべて、運び出した。
俺は明日実家へ戻る。
青葉は時々帰って来ていた
本来の青葉の家は
台所道具やベッドさえなくて
俺の部屋に置いていたものは
半分くらいはここへ運び込んだ。
不動産屋の立ち合いがあるから
今日は、ここで、最後の夜。
いつも二人で身を寄せた慣れたベッドも
違う部屋にあるだけで別のもののように思える。







「ほんと、物がないな」

「だって入学してすぐからずっと一緒に住んでたじゃないですか」

「まあ、そうなんだけどな」

「まあでも実家に戻ればお母さんがおられるし、笠松さんのことは何も心配いりません」

「俺はお前が心配だけどな」

「笠松さんは無敵の青葉をなんだと思ってるんですか、余計なこと言ってないでほら、お蕎麦のびちゃいます」

「…いただきます」

「あ、でも明日はお弁当作ってあげるから、楽しみにしててね」

「それで肉じゃが作ってたのか」

「あ、バレた?私のごはんも暫くは食べおさめだから、よく味わってくださいね」

「…ああ」








焦って話題を探したことなんて
今まで一度もなかった。
言葉がなくても不安になることはなかったし
明日も明後日も、青葉は傍にいた。
4年前、青葉を置いてここへ来るときには
無かった焦燥感に駆られ
それを、出さないよう、努める。

蕎麦を含んだ青葉の頬が
大きく膨れる。
見慣れた様子がやけに名残惜しい。





「おにぎりはわかめごはんにしてあげるからね」

「おう」

「卵焼きはとろとろにしてあげるからね」

「おう」

「ウインナーはたこさんにしてあげるからね」

「…カニの方がいい」

「仕方ないなあ」

「…泣いてんなバカ」

「…泣かない」







眉間に皺
右手の小指を握りしめる
頬が引きつる



「笠松さん」

「ん」

「…待ってて」

「お前こそな」

「時々は実家帰るね」

「俺もこっちくるし」

「っ、ね、」






左手の薬指に填めた指輪を
卒業式で久々に顔を合わせた同期から
散々冷やかされた。
青葉をモノで、言葉で、
どんどん縛ろうとしている。
4年前とは、違う。
あんなにあっさりと背中を向けられない。
今日は、セックスはしないつもりだった。
4年前の青葉は、こんな煽り方を知らなかった。
震える手がシャツの胸のあたりを掴む、
潤んだ瞳が一瞬こちらを見上げて
ずいとこちらに埋もれてくる。
4年前とは違う。
そう言い聞かせて
小さな体を抱き寄せた。















**



「あ、おはようございます」

「…はよ、いーにおい」

「ちゃんとカニさんウインナーにしましたよ」

「ああ」

「私も頑張って仕事見つけるね」

「まあ、程々に頑張れよ」






軽く抱きしめた体からは
弁当のおかずの良い香りがする。

仕事に慣れる。
経済的にも精神的にも
自立する。

青葉を…青葉を、迎えにくる。
1年先の約束はしない。
結果は必ずついてくるものだと
俺はよく知っているし、
その傍にはいつも青葉がいた。






「まだ寒いからさ、セーターとか着ないとだめですよ」

「どーせ仕事中はジャージだよ」

「ふははは、笠松監督絶対スパルタじゃん、楽しみー」

「面白がってんだろ」

「IHの予選とか見に行くから」

「勝手にしろ」









指を絡めて歩くことにも慣れた。
ぺたぺたとスニーカーの足音がする
ケチな青葉に珍しく
入場券を買って改札をくぐった。
陽射しや風は春の気配を含んでいる。
スギ花粉の山場は越えたらしいが
ヒノキアレルギーの森山は
今日今頃も鼻をかんでいるんだろう。
ホームにアナウンスが流れる
卒業式が済み引っ越しラッシュとあり
大きな荷物を抱えた学生があちこちに見える。
電車が来るといつも
乗り出してヘッドライトを見つめた青葉は
今日ばかりは俺の袖を強くつかんで



「あ、」

「来たか」

「そうですね」

「行くわ」

「気をつけてね」

「弁当、ありがと」

「うん」

「あのさ」







泣き出しそうな青葉の鼻先を
強くつかむと色気のない声が上がった
そのまま一瞬唇を奪う
列車がブレーキをかけ、扉が開く音を
背中に聞きながら
間抜けな顔を眺めた。






「あのさ」

「あ、」

「迎えに来るから、待ってろ」

「っ!」








青葉に背中を向けると
ホームの屋根の隙間からさす光が眩しく
一瞬目を閉じたけれど。
一歩、二歩、三歩、
四歩目で電車に乗る
振り返ると青葉が
大きな目を揺らしてこちらを見ていた。






「待ってる!」

















**

笠松くんにしてはべた甘だと思っている


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ