そらに、うたうよ。
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「あれ、三国じゃん」
「ふうこさん、お久しぶりです」
「ごめんね、ご無沙汰しちゃって。天馬には毎日会ってるんだけどさ」
「聞いてます」
「そっかそっか。ところで何してるの?ランニング?」
「ああ…はい、その…俺も天馬達に負けないように、鍛えないとと思って」
「お、良い心がけ。キーパー練習って一人じゃ難しいしね、懐かしいな」
「ふうこさんは円堂監督と練習してたんでしたっけ」
「…ふふ、試してみる?鈍ってはないと思うんだけど」
「試さなくてもこの間の剣城との勝負見てましたから。びっくりしましたよ」
「痛い思いするの嫌じゃなければ付き合うよ?」
「本当ですか?ぜひ、お願いします」
ギャップがひどすぎて
とても忘れることなんかできない。
剣城をぶちのめしたふうこさんの
あの時の笑顔を思い出すと
今でも背筋が凍りつく。
ジーンズの裾をめくりあげて
なんだか楽しげに
準備体操をする姿は
優しいお姉さん、なんだけどな。
「よし、行くよ!」
「はい、お願いします!」
****
時計を見ると
まだ1時間やそこらしか経っていなくて
だけど物凄く
密度の濃い時間だった気がする。
そう考えないと
この疲労感に納得がいかない。
「このへんにしとこっか、暗くなってきたし」
「はい…あ!」
「どした?」
「あ、いえ、晩ご飯のこと忘れてて」
「なーに、母ちゃんに怒られる?」
「いえ、母さん仕事が忙しいから…俺、晩ご飯、」
「ああそういうこと!よしわかった、今日はふうこさんが晩ご飯作ってあげる」
「え、いいですよそこまでご迷惑おかけするわけにはいきませんから」
「いいのいいの、今日はバイトも終わったしね。私三国の話も聞きたいと思ってるの、三年生ってみんなすごく大人っぽいじゃん、我慢してるところとか、あるんだろうなって思うのよ」
「いえ、そんな!」
ふうこさんは汗を拭って
さっさと歩き始めた。
途中のスーパーで簡単に買い物をして
初めて来るウチの台所で
ぱっぱと料理を作ってしまう。
この人、何でもできちゃうんだな。
「ふうこさん」
「なんじゃ?野菜たっぷりスペシャル丼できあがりですよ」
「…相談があるんです」
****
「信助をキーパーに?」
「俺達3年はこの大会で引退です。夏以降のことを考えると、次のキーパーを見つけておきたくて」
帰ってくるお母さんを待つという
三国と向かい合ったテーブルで
お茶をすすりながら
真剣そうな話に
耳を傾ける。
三国は本当に
気は優しくて力持ち、を
体現したような子で
自分は悔しい思いをしていても
チームのことを一番に考えて、
「信助は体格的にキーパーは難しいと思うけど、何か理由があってのことなの?」
「木戸側清修戦で…信助が俺のフォローをして、ループシュートを止めた一本があったんです」
「ああ、見てたよテレビで」
「あの動きを見て確信しました。雷門の次のゴールキーパーは信助しかいないと」
「そっか、三国はえらいね、センパイだね」
「ふうこさんは、円堂監督と一緒に練習されてたんですよね」
「うん、んー、でも円堂さんは、必殺技はタイヤ特訓で覚えることが多かったからね、私が一緒に練習してたのは、もう一人のキーパーの方なの」
「もう一人?」
「ただいまー、太一だれか来てるの?」
「母さんおかえり!実は雷門のOGさんと帰りに出会ってさ」
「どうも、花本ふうこと申します」
「あらー可愛い先輩!太一がいつもお世話になっております」
「いえいえこちらこそ!」
気は優しくて力持ち。
その言葉が特によく似合う人を
私はもう一人知ってる。
自分が試合に出れなくたって
別のポジションに置かれたって
嫌な顔一つせずに
だけど陰で人一倍
苦しんで努力し続けた、
「それじゃあ、お邪魔しました」
「ふうこさん、今日はどうもありがとうございました」
「うん、近いうちにまた練習覗きに行くから」
「ふうこちゃん、うちにもまた来て頂戴ね」
「ありがとうございます!おやすみなさい!」
(勇気…あの頃どんな気持ちだった?)
(会いたいなあ)