そらに、うたうよ。

□14
1ページ/1ページ



















「あ、おかえり」

「…は?」









家に帰ると
天馬と、それから
秋ちゃん先輩に
いつも通り迎えられて
部屋に戻ると先客。
ここ、私の部屋なんだが。





「久しぶり」

「勇気あんた!え、なんでいるの!?」

「雷門の新しいゴールキーパーの子の応援をしに来たんだ、音無さんから突然連絡があった時はびっくりしたけど」

「ああ、信助のね」

「うん。だけどふうこのビックリ顔も見れてよかった」

「ホントだよ、こっち来るなら連絡ちょうだいよね、休み貰うから」

「忙しくしてるみたいだね、音無さんに聞いた」

「勇気が春奈に言い負かされるの見るの、好きなんだけどなあ。今日覗けばよかった」

「言い負かすっていうか、俺いつも抵抗の余地ないんだけどね」





荷物を降ろして
腕の中に滑り込んだ。
何カ月も会ってなかったなんて
まるで嘘みたいだ。
この10年
嘘みたい、を
長いスパンで繰り返してきたものだから
だから、こうして
手を伸ばして、抱きしめて、確かめる。





「信助、どう?三国が見込む理由もわかるけど、やっぱり小さいから力負けするでしょ」

「心配いらないよ、彼は。なんだかでも、懐かしくなった」

「信助を見て?」

「シュートマシンとか使っててさ」

「あったね、一人で練習するなんてかっこつけてた頃も」

「それを言われるとなあ…」




「あの頃は、すごく近くにいたんだけどなあ」

「今もこうしてるよ」

「なんてゆーか…うん、そうなんだけどさ。大人になっちゃったなって、最近思うんだ。便利なこともたくさんあるけど、もう昔みたいには居られないってゆーかさ、わかる?」

「わかるよ、すごくわかる」

「あの頃とは違う忙しさがあるし、紛れちゃってるんだけどね」

「ふうこ」

「…ゆーき?」










ぎゅう、と抱きしめられると
耳元に勇気の呼吸を感じることができた。
昔はお互い汗臭いジャージばかり着てたけど
勇気のシャツからはほんのり石鹸の
爽やかでやさしい香りがするし
たぶん私は濃厚な豚骨とニンニクの香り。
(なんてデリシャス)

近況報告も昔話も
話したいことはたくさんだけど
言葉なんか要らないことだって
ずっと前から知ってること。

1ミリだって、コンマ1秒だって
埋めたくて近付きたいのはお互い様。





「ふうこ」

「んー?」

「結婚しよう」

「…うん、賛成」

「大人になってすごく、欲張りになったみたいだ」

「わかんない、弱くなったのかもよ」

「うん、そうかも。ね、そうだちょっと待って」









***










タイミングが見つからなかったから
音無さんには正直感謝してる。
勇気がなかったわけじゃないけど
なんだか引き出しの中に
仕舞い切りになっていたものを
出掛け際に鞄にしっかり入れてきた。





「ふうこ、手出して」

「…手?」

「今更って感じもするけど、さ」

「わあ!ねえすごい嬉しいよ、ありがとう。なんかいよいよって感じですな」

「何言ってるの…あ、サイズぴったりだ、よかった」

「なんかこんな細くて可愛くてきれいなの、ふうこには似合わないかもね」

「そんなことないよ、ふうこだって大人になったんだから」


「も、ばか!」








左手の薬指に輝く指輪に
不釣り合いなにんにく臭。
少し不機嫌そうなのは
照れ隠しだって知ってる。
勢いと体重をかけられたって
俺はもう倒されないし
逆手にとってぐるんとふうこを組み敷いた。
昔からこういうことって
俺がふうこに怒られる時か
ふうこがものすごくかまってほしくて
じゃれついてるかの二択だったけど。







「きゃー襲われるー」

「はいはい、襲いますよ」

「げ、そう返してくるとは思いもしなかったぜよ」

「なんだよぜよって」

「龍馬のがうつっちゃった、雷門の2年生、要注目ね」









ああ、と
ふうこを持ち上げて
ベッドに押し倒し直すと
不機嫌そうにほっぺたをつねられた。
身に覚えがない。






「なによ勇気のくせに」

「床だと痛いのはふうこでしょ」

「ば、か、ばか!」








耳まで赤いのは
たぶんお互い様。
それを隠すように首筋に噛み付くと
ふうこがひとつ、嬌声をあげた。










**







腕の中でごそごそするふうこは
たぶん寝るのに収まりのいい体勢を
模索しているところなんだろう。
直接肌が触れるのは
なんとも安心感を覚えるものだって
久しぶりに実感した。





「しんすけのこと、よろしくね」

「彼はもう、だいじょうぶ」

「うん、ふうこもそう思うけど。このままだとあの子、ゆーきに憧れちゃうんだから責任取りなさいよ」

「もちろんだよ、俺が今こうして堂々とキーパーとしていられるのは…あの頃があったからだし、あの頃傍にいてくれた人みんなのおかげだから、俺だって恩返ししていかないとね」

「わかってんじゃん、じゃあー、ついでにふうこさんの尽力も忘れないでよねー」

「あたりまえ、出会ってからずっと、ふうこのいない人生なんて考えられないよ…って、あ、寝た…?」

「んー、ねて、にゃう…」

「はいはい、おやすみ」







首元までしっかり布団を被って
俺も目を閉じた。
色々なことがありすぎたけど
お陰さまで俺は今日も幸せです。











[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ