そらに、うたうよ。

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珍しく京ちゃんからメールが来て
夜遅くにいつものように
裏口から足音が聞こえた。




「入るぞ」

「どーぞ」





「率直に聞く」

「はいどうぞ。」

「…ふうこお前、聖帝の正体、知ってるな」

「知ってるよ、というか、情報は持ってる。間違いじゃなければね」

「一昨日聖帝に会った」

「うっそ、どこで?あんたノコノコフィフスの本部にでも、」

「…河川敷のグラウンドだ。あのシュートスタイル…見間違うはずがない」

「え、聖帝ってそんなにふらふら出歩いたりするものなの?」

「居たモンは仕方ないだろ!普段は車で移動しているらしいが…あの日は妹さんも一緒だった」

「妹って…そっか、もう高校生くらいなんだっけ。懐かしいな」

「まさかあの人が、聖帝だったとは思いもしなかった…考えがあることもわかったが…」

「めずらしいね、京ちゃんがそんな余裕なさそうな顔」

「るせえな、これでも整理付けてる途中なんだ」








飲みかけのお茶のボトルを渡すと
素直にごくごくと飲んで
蓋を閉めて自分の脇に置いた。
豪炎寺さんの意図だって
この子は賢いから
少し話しただけで
わかってしまったんだろうけど
それにしてもショックだとか
驚きで追いつかない部分だってあるはずで
弱い姿を晒したくないがために
今日ここまでポーカーフェイスで
それが逆に自分に追い打ちをかけてるんだろう。
なんといってもまだ、中学生。








「それと…西園の練習につきあったのは…その…立向居さんなのか」

「え、よくわかったねえ!名乗り忘れたって言ってたけど」

「円堂監督を追いかけているキーパーと聞いた。西園には言ってない」

「なんかね、嬉しそうだったよ。それから昔のこと思いだして、初心に帰ったって言ってた」

「…これは、」

「…京ちゃん?」

「昨日、来たのか」

「…来たよ?付き合ってるんだから、不自然なことなんてないでしょ?」






ずい、と
近寄ってきた京ちゃんは
やっぱり余裕のない風。
仕方が、ないな。








「これは、昨日つけられたのか」

「え?や、やだもう何見てるの、気付かなかったなあ…もう、勇気ったら」

「ふうこ、お前さ」

「ぎゃ、」








これ、と
指差された首筋の痕のところに
がぶりと噛み付かれた。
なにやってんだこいつ。
なんて、でも、よく考えたら
私や勇気もあの頃の方が
余裕なくがっついてたような、なんてね。






「色気ない声出してんじゃねえ、すげー無防備なの気付いてるか?こんな時間にホイホイ男部屋に上げて、こんなもん見せて」

「…あんたアホじゃないの?あなたのこと、可愛い後輩としてしかカウントしてないに決まってるでしょ。余裕ぶってんじゃないわよ耳まで真っ赤にして。こんなことするために来たわけじゃないでしょ、おやつ探してくるからそこ退いて」

「んだよ…大人ぶりやがって…」

「だってふうこ大人だもん、所得税ちゃんと納めてるんだからね?だけどあんたは年相応以上に賢いから、色んなことわかりすぎるし見えすぎちゃうんだよね。ほら、適当に雑誌とか読んでなさいココアでも淹れてくるから」

「…悪い。」

「ん、素直でよろしい」









ぶくぶくと牛乳を沸かせて
ココアにクリームとシナモンを落とした。
秋ちゃん先輩がお菓子作りをするから
そういうものがここの台所には
大概常備されている。
京ちゃんのあれは時間の問題だから
いつまでだってウチに居ればいい。
そのうちに気持ちが落ち着いて
気が付いたらすっと前を向いている
そーゆう風にできてるもの。







「あら、それ随分古いもんじゃない?」

「ああ、呑気なもんだ」

「当時はフィフスセクターなんて無かったからね。でも知ってる?地区大会の決勝戦、開始と同時に雷門側に天井から鉄骨が降ってきたこと」

「…鉄骨、だと」

「当時は相手チームにいた鬼道さんの機転で全員無傷だったんだけどね。それから隕石の…まあドーピングみたいなもんよね、それで宇宙人の地球乗っ取り事件未遂とかね。何人も怪我したし、絶望してチームを離れた人もいるよ。あの頃もあの頃で、円堂さんだってみんなだって、呑気なりに命がけだったの、だからいつがいいとか何が良いとか、比べられないって思ってる」

「良いとかどうとか…選べるもんじゃないのはわかってる、俺は今なんだ」

「うんうん、ほらココアお飲み。あたし疲れてるから寝ちゃうと思うけど、寝るなり帰るなりしていいから」

「悪い」

「ほいほーい、おやすみー」









*****








おやすみ、と声を掛けられて
振り返ると
ふうこは既に寝息を立てている。
綺麗にずらりと並べられたサッカー雑誌を
古いものから順に開けば
円堂監督や鬼道監督だけでなく
染岡さんや雷雷軒の飛鷹さん、
ふうこの彼氏の立向居さんの軌跡が
よくわかった。

俺の周りにいる大人が
そうだ、あの人も、そうだ
あの頃を生きて
今を生きているように、
(俺は今が、)


咎められないことをいいことに
俺はこんなにふうこに縋って、
自分の弱さとか
ふうこのことどう思ってるかとか
そういうことの
整理のつかないことをいいことに。
それをたぶん
このチビもよくわかってる。










****






目が覚めると
やっぱり京ちゃんは居なくて
二つ並んだココアのマグの傍に
見覚えのない飴ちゃんが一つ置かれていた。
携帯の受信フォルダには
やっぱり一通の新着。







大変な時を
みんなが余裕なく生きて
京ちゃんは優一君のことも心配だろうし





(いつでもいくらでも、頼られたって縋られたっていいのにな)











「あきちゃんせんぱーい」

「あらおはようふうこちゃん」

「わたしやっぱり子供っぽいかなー」

「何言い出すかと思えば、何かあった?」

「やっぱわたしじゃ頼りないかなー」

「そんなことないよ、ふうこちゃんのことはね、知れば知るほど頼りになっちゃう」

「ほんとー?」







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