何時もの談笑。何時もの幸福。 沢山の『何時も通り』を味わっているけれど、『何時も』と『同じ』は違うんだ。 ほら、今日だって『何時も通り』の日常なのに、起こる事は今までに無い新しいもので。
きっとこの世界には同じものは無いんだ。同じ種類のものでもやっぱり違うんだ。
一つ一つが未知なるもの。 一つ一つが世界で一つしかないもの。
例え、それが物であろうと数え切れないものだとしても。 『同じ』ものは無いのだ。
だからこそ、ぼくらは未知なる未来〈あした〉に向けて歩いていくのだろう―――。
always day
時刻は夜で、場所は愛しの馬鹿山賊のテント。
そこにぼくとモーゼスさんはいた。
「………」
今、ぼくはこの馬鹿山賊に抱き枕の如く抱き締められている。
モーゼスさんは何時もそうだ、何時もぼくを抱き締めようとしてくる。
これがモーゼスさんの精一杯の愛情表現の仕方。 恋人であるぼくしか知らない、愛の伝え方だ。
「……何かのう…」
「はい?」
ぼくの髪に顔を埋め、香りを堪能してたらしいモーゼスさんが、今まで閉ざしていた口を開き、呟くようにぼくに語りかける。
「何か今日のジェー坊、何時もの匂いと少し違う気がするのう」
「ああ。多分それ、今日面会した依頼人の方の匂いですよ。結構長い時間話をしていましたからね、きっと依頼人の匂いがぼくに移ったんでしょう。」
今日は仕事で―――重要性のある内容だったからだろう―――相手に面会する上での情報の報告をしなければならなかった。報告に半日以上時間が掛かったし、相手の香りがこちらへ移っても不思議ではないだろう。
「……」
「……モーゼスさん?どうかし―――」
急に押し黙ったモーゼスさんに疑問を感じ、ぼくが彼に呼び掛けをした時だった。
「わっ!」
くるりと身体が反転し、寝転んでいたキングサイズのベッドに軽く背中を打ちつけられる羽目になった。
「モ、モーゼスさん?」
ぼくの視界を映すのはテントの頂上部、……見下ろす彼の姿。
嗚呼ぼくは押し倒されたのだと認識するのとほぼ同時刻に彼は動き出した。
「ぁっ…馬鹿、ちょっ、何して…っ…」
首筋を強く吸われ、所有の印とばかりに鬱血する事によって生まれた赤く色付いた花弁が刻まれていく。
いきなりの行為に驚きながらも途切れ途切れに異論の声を唱える。
匂いの話をしただけなのに、どうしてこんな事になっているのだろう。
「何って…匂い付けじゃ」
「はぁ?」
「ジェー坊の香りにワイ以外の他の輩の匂いなんか要らんからのう」
「ば、馬鹿じゃないですか!?」
威風堂々ととんでもない事を口にする彼に目を白黒させつつ、必死にこの場を退けようと四肢を使って暴れ出す。
しかし、持ち前の馬鹿力で押さえ付けられてしまい、抵抗は総て水の泡になる展開となってしまった。
昔―――彼以外の人(何故か男)にぼくが想いを告げられた時の事だった。
偶然その現場を目撃されてしまったモーゼスさんに酷い目に遭わされた記憶が今でも鮮明に刻まれている。
あれは、ぼくの一種のトラウマになっただろう。ぼくに想いを告げた男性は山賊たちに袋叩きにされ、ぼくはモーゼスさんに激し過ぎる夜の遊戯を強要されて。
あの時の恐怖は、師に暴力を振るわれる時の恐怖心を遥かに上回る程に大きかったと頭に認識している。
あの時の状況と今の状況は少し似ている。かなり嫉妬深い彼はどうやらぼくに自分以外の違う香りが付くだけで気に食わないらしい。細めた双眸は鋭利なもので、明らかに怒気が含まれている。
「し、仕事だったんだから仕方無いでしょう?何子どもみたいに拗ねてるんですかっ。」
「!なっ…別にワイは拗ねてなんか…」
どうやら自覚はしていたらしい。鋭利だった瞳は一瞬にて丸くなり、指摘された点に覚えがあるのか、印付けの行為を止めてまで弁解してくる。
「絶っ対に拗ねてます」
「拗ねてない言うとるじゃろ」
「事実くらい認めたらどうですか、だから馬鹿山賊なんですよ。」
「違う言いよるのに認める必要ないじゃろ、しかも馬鹿は関係ないじゃろこの豆粒チビ」
「背丈だけに栄養がいっている木偶の坊には言われたくありません」
「昔みたいに激しく犯すぞ?」
「うわっ、貴方暴力で総てを解決しようとしてますね?これだから馬鹿って言われるんですよ」
「馬鹿は関係ないじゃろ!?」
「いいえ。絶対関係ありますね。100%中99%は関係があります。」
もうこうなれば、互いの意地の張り合いだ。 口論して改めて彼は外見こそは青年なものの、まだ『少年』だという事を染々感じさせられる。 『少年』である彼はまだ『青年』のようにスムーズに事を進めていく事が出来ない。
―――だからこそ、愛しさが芽生えてくるのだと思うけど。
「…ぷっ」
滑稽で滑稽で仕方が無い。 ―――今この瞬間にしか味わえないこの幸福。今後似た感覚を味わう事はあるだろうけど、この幸福の感覚は今しか味わう事が出来ない。
「なっ…」
「…あははははっ」
急に笑いが込み上げてきて、声を上げて笑う。 そんなぼくに驚いたのか、反論を唱えようとした彼が絶句して目を見張る。
それがまた滑稽に見えてきて、更に声を上げて笑った。
「っの…付き合っとられんわ…」
声を立てて笑うぼくに、我に返った彼が優しい微笑みを浮かべ、顔を近付けていく。
どうやらぼくの感情が感染したらしい。実に表情が楽しそうで。 ――――『何時も通り』の日常だけど、『何時も』と『同じ』はイコールで結ばれていない。同じものは存在しないんだ。
「ジェー坊」
「…結局するんですか。好きですねぇ、貴方も。」
―――――だからこそ。
「―――誰よりも何よりも、……愛しとるぞ。」
「………うん。」
――――だからこそ、ぼくらは未知なる未来〈あした〉に向けて歩いていくのだろう。
「ありがとう。」
徐々に深くなっていく口付けの甘さと熱に酔いしれながら、ぼくはそっと瞳を閉ざし、彼の愛を存分に味わう事にした。
fin
2007年執筆。1万打記念小説でした。
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