異邦人大系 第三部

□時幻党の夜
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#000『無秩序もさることながら』より








『私めは。博愛主義ですゆえ、誰個人の味方はしませんよ。ドコゾの誰かさんと違いまして。依怙贔屓は趣味じゃあないので。博愛における己が信念の何たるかでやす』




ある日曜の昼下がり、天津の片隅にある
諜報部室内は気まずい空気で充満していた。
ほうじ茶のティーパックが入った湯呑みに
ポットからお湯を注ぐと
のんびりソファーに腰掛け、烈将は足を組んだ。
湯呑み半分のほうじ茶をゆっくりすすって
『まあ、座りなさいな、優人くん』と
立ち尽くす相手に促して。




『烈将さんの博愛主義って何なんですか、こんな時に・・・一刻の猶予も無い事態だって判ってるのにどうしていつもそう他人行儀なんですか?』



『他人行儀って言うか他人事でやす』




『烈将さん!!』




『まあ、余り憤らずに。ほうじ茶飲みますか?』




『・・・結構です』




優人の表情からは呆れと苛立ちが見て取れた。
真剣な話をしている時にのほほんと
返される事程、癪に障る事もないだろう。
飄々と話し茶をすする烈将は
とても無神経に見えた。





『そうですねえ。本音と建て前っつうのも大事な事でやす。結局個人的な話をすると私めは君も祟場さんも氷堂指揮も鳴神もチビ嬢・・・もとい、駿河女史も平等に好きな訳ですよ。ともなると一個人に味方してしまうのは、どうにも気が引けるってのが本音でやす』





『だから、見てみぬふりをするんですか? アナタだって能力的には氷堂指揮に並ぶ強さじゃないですか? どうして自分の仲間が危機に陥ってるってのに呑気にお茶すすってられるんですか?! 今、こうしてる間にも指揮は・・・』





『うーん、あれは、ねえ』





優人の怒声は廊下にまで響き渡っていた。
他人の為に純粋に怒れる彼に
懐かしさを感じたのは古い記憶の中で
よく似た価値観を見た事があったから。
何百年、何千年、時間を忘れる程生きていると
時折、酔狂な人間に出会う。
そう言う輩の大半は良き友となって
彼の目指す博愛の中に含まれてきた。
時に家族であり、時に愛する人であり。
だったらほんの少しだけ甘やかすのも
悪くないかもしれないと
小さく口を開いた。







『指揮は。人間なんでやす、どこまで行っても。比喩的には人じゃない、あと一歩間違えたら人じゃないけど、いつも肝心な一歩間違えないから人間なんでやす』





『?』






『でもそろそろ、限界なんでしょう。荒神でもないくせに記憶が積み重なり過ぎている。人間のくせに普通の人間より記憶容量がでかかったんでしょう。覚えてなくていいことまで全部覚えてる。愛する人と引き裂かれては死んで、引き裂かれては死んで、悲恋悲恋悲恋の繰り返し。彼はそんな腐れた輪廻をずっと辿ってる。だからある日簡単にぶっ壊れちまうんでやす』






『輪廻、前世ですか?』






『ええ。人間はね、忘れなきゃいけないんでやす。悲しい事も苦しい事もたまにリセットしないとね、そら気が狂います。指揮は。そこで当てられたんでしょう。今にも爆発しそうな爆弾に、火がくすぶってりゃマッチ一本で何とでもなりやす』






『負の輪廻・・・因果。あんまりです、それじゃ指揮は、今までずっと過去のこと、生まれる前の事まで全部覚えていて生きてきたんですか?! 自分が死んだ時の事も、全部?!』





『指揮の一番最初は女史の父親でした。女史曰わく、豪快で優しく強い、素敵な人だったと。今となっては彼女より遥か年下でしょうが。今の指揮が何代目かは知りやせん。瀬戸もまた断片的ではありやすが旧世代の記憶を継承してる。女史と指揮と瀬戸、そして指揮の従者であった火捕辺補佐。あの四人は離れられない因果にある。それが間違いなんでやす。過去は過去。今は今。過去に執着すれば今は見えなくなりやす。それに気づいてないのは誰なんでしょうね?』





『・・・』





『だから、負の輪廻を壊せるのはねえ、多分全然関係ない他人様でやす。ソレも、とびきりお節介で時代錯誤なヒーロー気取りのね』





『酷いです、その言い方』





『という訳でやすから、あなたがたに期待しとりやす。私めはダメです、博愛であっても熱血じゃない。ましてや人間じゃない、人間の心は人間が一番判ってやれるでしょう。指揮は、悲しい方でやす。助けて差し上げてくださいな。私めにできることは、彼と戦う事ではなく、せいぜい友への加勢ぐらいでしょうから』





『・・・わかりました』そう呟くと
優人は立ち上がって部屋を出て行った。
その表情は複雑で、とても納得してるようには
見えなかったが彼の背中を見送る烈将の表情は
穏やかなものだった。







『自立した子供達が困ってたら多少甘やかしても罰は当たらんでしょう、愁水。大人はとりわけ嘘吐きで、ズルい生き物でやす』







 
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