短編集
□星空は遥か
1ページ/3ページ
満天の星空をつたって、何重にも重なった虫の音が聞こえてくる。
すぐ近くでも、先ほどから1匹鳴き出した。
リリリ……というその音を、馬車にもたれて聴きながら、バルサはほうっと息を吐いた。
この隊商の護衛をして、旅に出てから、もう10日経った。
ここしばらく、青霧山脈の麓の庵で羽を休めていたのだが、
どうしても、心の中にふと、どこかに流れていきたい……という気持ちが沸き立って、こらえきれず旅に出てしまったのだ。
『行くよ』
そう告げたときの幼なじみの表情が、脳裏に蘇る。
バルサは、匙でざくざく掬えそうなほどの星星を見上げて、ふっと笑った。
(今頃あいつは、何をしてるかな……。)
そろそろ、寝具を広げる頃だろうか。
涼やかな夜の風が、肌を撫でていく。
もう、隊商の者は皆、寝静まっているのだろう。
見張りの交代まで、あと半ダン。
眠くはない。だが、1人で起きているこんな夜には、あの青霧山脈の家を思い出す。
仕事に生きていると、人肌恋しくなるのだろうか。
だからたまに、ふらりと家に帰っても、しかし必ず旅に出てしまう。
あいつの気持ちは、分かっているのに。
自分でも矛盾していると、分かっているのに。
……ただ、その矛盾を正す術を、知らないだけなのだ。
家は、果てしなく、遠かった。