琉千彩

□第九話
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―― 長州藩邸


小娘の朝は早い。

空がうっすらと明るくなり始めた頃、すでに身支度を済ませ、炊事場にトントンと包丁の軽快な音を響かせる。

目覚ましが無くても、起きられるようになったのは、いつぐらいからだろうか。

人間の順応性には驚いてしまう。

ごくごく一般的な女子高生だった私が、今では江戸時代を立派に生き抜いているのだから。



便利な未来の生活と違って、ここでは一日が本当に短い。

日が暮れるまでに、全ての家事を終わらせなくてはならない。

洗濯機なんてものは無いし、ガスコンロも無い。

始めは何も分からなかった。

水すら自分でくめず、火もつけられない。

そんな私に、根気よくいろいろな事を教えてくれたのは、この時代の彼ら。

何度、この時代を訪れても、その優しさは変わる事は無い。


井戸水のくみ方を教えてくれたのは高杉さん。

釜戸の使い方を教えてくれた桂さん。

そして、大久保さんはほうきのかけ方を教えてくれた。

京の街を案内してくれて、道を教えてくれたのは慎ちゃんだった。

以蔵は最初に剣を教えてくれたし、武市さんは読み書きを教えてくれた。

感謝してもしきれない。

いつも、いつも私は彼らに助けられ、支えられている。


そんな彼らに、私は何をしてあげられるんだろう。

時々、そんな事を考えてしまうのは、まだまだ私が弱いって事なのかな。

こんな私に、彼らの未来を守りぬくことが出来るのだろうか。



ふと包丁を握る手を止めて、じっと自分の手を見つめた。


頻繁に感じる身体の違和感。

身体が悲鳴を上げている。

確実に、限界が近づいているのを無視できなくなってきていた。


肩にのしかかる責任の重さに、押しつぶされそうになる。


きつく目を閉じて、その弱い部分に蓋をした。



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