琉千彩

□第十七話
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―― 数刻前

【長州藩・桂小五郎】


晋作と中岡君を連れ、急ぎ京へと戻る。

街を一望できる高台で馬を降り、眼下の光景に息を呑んだ。


心臓が高鳴る。

鼻を突く焼け焦げた臭い。

米粒ほどに見える町民が、街の外れへと向かって移動しているのが見えた。

人々の叫び声が、かすかに届く。

街のあちらこちらから火の手が上がっていた。

立ち上る火の手は、徐々に範囲を広げ、それに追いやられるように人々は移動する。

また一つ、家屋が崩れた。



「ひどい有様だな・・・」

晋作が唸るように言葉を口にした。


どうして。何の為に。

幕府は何を考えている?


予想以上の光景に、止まってしまった思考を、何とか動かそうと試みるも、煩い位の心臓の音が邪魔をする。




彼女が思考を占拠していた。




小娘さんは無事でいるのだろうか。

最後に言葉を交わしたのは、薩摩、二本松の藩邸を出る時。


縁側に座り、夕日が綺麗だと言って見入っていた彼女は、消えてしまいそうなほどに儚く見えた。

彼女の背負っている何かを知りたくて。

彼女を支えたくて。

そんな私に、今にも壊れそうな笑みを向けた彼女。

思わず抱き寄せた彼女の身体の感触を、今でも鮮明に覚えている。

私の胸から抜けだした彼女は、大きな瞳に涙を湛えて、にっこりと笑った。


私の腕から逃げて行く彼女を

背を向ける彼女を

ただ黙って見送る事しか出来なかった。


再び私達を見送りに出て来た彼女は、真っ赤に腫れた目で笑った。


忘れられない。

何もかもが忘れられない。




「桂さん!!」

突然に、中岡君の声が思考を遮った。

振り返ると、青ざめた顔で、彼は再び馬にまたがっていた。

「とにかく、急いだ方がいいッス!!」

すまない。と小さく言って、私は手綱を引いた。

既に馬を走らせる、晋作の後ろ姿を追う。

きっと晋作も、彼女の安否を気にかけているのだろう。





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