小娘ちゃんと七人の侍

□第一話
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七人の侍達の前に、突如として現れた一人の少女。

珍妙な着物に、大きな瞳。そしてそれを縁取る長い睫毛。対照的に小さく愛らしい鼻と口。

その可愛らしい外見からは想像もつかない、毒舌っぷりに、彼らはたちまち虜になったという。いろんな意味で。


そして彼女は今、見知らぬ部屋の一室で、見ず知らずの侍の嫌味を黙って聞いていた。

そう、嫌味満載で彼等を出迎えたのは、大久保利通、その人である。

上座にふんぞり返る大久保。頭を下げる慎太郎と以蔵の顔を交互に見て、口を開く。


「ねね。このおっさん、無駄に態度でかいけど何様なの?」


つんつんと以蔵の横腹を突く彼女の指を払いのけ、以蔵は小声で窘めた。

「ばっ、お前は黙っていろっ」

彼女の失言に、大久保の眉がぴくりと反応するのを見て、慎太郎は顔を青くした。

「ししし失礼いたしましたっ!!」

必要以上に大きな声で、慎太郎は頭を畳に押し付けるように、勢いよく頭を下げた。

しかし、大久保の注意を逸らす事はできなかった。

「その口の聞き方も知らん小娘は、何者だ?」

思いっきり、不機嫌な顔で一瞥する。

その迫力に、以蔵は一瞬たじろくも、何とか声を発した。彼女を己の背に隠しながら。

「こ、これの事は居ない者としてください。」

それは、大久保の眉間のしわを、更に深める発言となった。

「・・・質問の答えになっていない。わたしは『何者か』、と聞いたのだが?」

「っ!」


何者か、そんな事聞かれたって、以蔵に答えられるハズがない。

何故なら、それは彼が聞きたいのだから。


突然に、彼らの前に現れた彼女。

龍馬は一目で気に入り、犬猫のように拾って帰ってきた。

それはつい一昨日の事。

目の覚まさないままの彼女を一目で気に入り、高杉が荷物のように担ぎ上げ、拉致しようとしたのは昨日。

そして、病み上がりの彼女を医者に見せるため、翌日藩邸へと連れて行くと言う約束をし、何とか彼を諌めた。

素性も知れない彼女を傍に置くのには反対したが、医者に見せるまでは置いておいてもいいかと思ったのも事実。

忙しい彼らは、朝から用事を済ませなくてはならず、彼女を一人、寺田屋に置いていくのは心配だった。

相談の結果、大久保さんの所に連れて行き、その足で長州藩邸に行く。というのが得策だと言う事になったのだ。

「わしらも直ぐに合流するき。先に高杉さんのトコで待っとってくれんかの?」

龍馬に優しく言われ、当の本人に異論は無く、こくりと頷いてみせた。



・・・そして現在に至る。

時間に数分遅れた彼らに対し、言いたい放題の嫌味を言って、ふんぞり返っている大久保に、少女は躊躇いもなく毒を吐いた。

そして、彼に「何者だ」と問いただされる始末。


彼女は以蔵の背からひょこりと顔を覗かせ、暫く視線を漂わせた。

そして、その可憐な口を開いた。

「曲者だよ〜。出合え出合え〜」


・・・・


「相当な、馬鹿だな。」

呆れたように言い放つ大久保に、確かに。と頷きそうになったのは以蔵。

そして、慎太郎はぽかんと口を開けて彼女をみてた。

「うっわー。すごいイタイ目で見られてるんですけど。」

その軽口に、大久保は彼女を視界から追い出した。

彼女と話す意味はない。そう結論付けた大久保は、その連れである彼等を睨めつけた。

ソレは、連れの罪は保護者にあると語っていた。

同時に凍りついて顔を青くする彼等を見て、『あぁ、そう言うこと』と彼女は呟く。

その一瞬で、遅くも彼等の上下関係を察した彼女は、ごめんね。と彼等に苦笑する。

そして、以蔵の背から出て、きちんと正座して見せた。

ちょこんと座り、背筋を伸ばす彼女は、やはり人形のように愛らしかった。口を開かなければの話だが。

そして、今までの発言が嘘のように饒舌に話し出した。


「大変失礼しました。申し訳ありませんが、私も自分の身に起こったことが把握できていない状態でして・・・何者かと聞かれても、貴方にとって曲者かもしれないし、そうでないかもわかりません。」

ただ、身を寄せるのは、彼等であり、ソレ以外に無いという。そんな彼等が責められているのは見てられず失礼な発言をしてしまった。

見ず知らずの小娘の失礼な振る舞いに、腹を立てたと言うのであれば、彼等ではなく、彼女自身を責め、責任を取らせて欲しいと言う。

彼女のその振る舞いは、決して媚びへつらう訳ではなく、自分を卑下するわけてもない。それでいて、鼻につくような態度でもなかった。

自分の過ちに素直に頭を下げて、そして正直に自分の置かれている状況を話す彼女には、好感すら持てるようだった。

勿論、その前の、失態が無ければの話。


大久保はゆっくりと目を細めて、今一度、その生意気な小娘に視線を戻した。

おかしな話口調ではあるが、無知でも不作法者でも無さそうだ。

おそらく、その必要性を感じなければ無作法にもなる。要するに、生意気で、失礼極まりない小娘には変わりない。

しかし、もう一言、二言くらいは相手をしてやろかという気にはなったらしい。


「小娘ごときにどのような責任が取れると申すのだ。」


特に、期待はしていなかった。

ほんの気まぐれで構ってやったつもりだった。

つまらん返事が来れば、そのまま出て行けと怒鳴りつけるだけだ。

特に咎める気も無かった。


しかし、彼女の口からは予想以上の言葉が返される。


「気が済むなら、煮るなり焼くなり好きにしてください。・・・私など、痛めつけても疲れるだけだと言うのなら、売り飛ばしても構いません。」

女というだけで、何処の世界でも買い手はあるだろう。自分を売れば、多少なりとも小銭を稼げるのではないか。

鬱憤を晴らす方法なら、いくらでもある。

好きなようにしていいから、彼らを責めるなと彼女はきっぱりと言い捨てた。

自暴自棄になっている訳でもなく、それでいて出合って間もない彼らに、自分の全てを捧げるという潔さ。

慎太郎と以蔵はあっけに取られてしまった。


「ほう?好きにして構わないと?」

大久保が、にやりと笑った。


『煮るなり焼くなり、好きにしていい』


彼女は殴ろうが、蹴ろうが・・・という意味での発言だったが、大久保にとって違う意味で受け取ったのは間違いない。


「ええ。だけど、龍馬さん達に助けられた恩があります。売り飛ばすなら、一言お礼を言う時間を貰いたい所ですが。」

ニコリと綺麗な笑顔を向けた。

器の大きい人ですから、それくらいの温情がありますよね?という言葉を付けたして。


その言葉に、大久保はただ口角を上げて見せた。


「小娘。名を何という?」


大久保利通。彼女に興味を持った瞬間だった。




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