琉千彩
□第九話
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「ねえ・・・。高杉さん。」
「ん?どうした?」
中庭でモウ子さんの世話をする高杉に、小娘は縁側に座り話しかけた。
もう長州藩邸にお世話になり始めて、そろそろ一か月が経とうとしている。
あのうだるくらいの暑さも少し和らいで、過ごしやすくなってきた。
・・・と言ってもまだまだ暑いのには変わりないんだけれど。
「・・・高杉さん、元気ですよね。」
そろそろ、症状が出てもおかしくないハズなのに・・・。
高杉さんは元気いっぱい。
額の汗が、きらりと光っていた。
「まぁ、毎日、鍛錬してるからな!」
ニカっと笑うその顔は、顔色も良く健康そのもの。
「・・・風邪とか、風邪っぽい症状とか無いですか?」
尚も聞いてみるが、高杉さんは何の事だかサッパリわからないと言った感じ。
「風邪なんて、ここ数年ひいて無いな!・・・それより小娘!見ろっ!こいつの糞、めちゃくちゃでっけーぞっ!!」
出来たてのソレを嬉しそうに指差す彼。
「・・・」
止めましょうよ、高杉さん。
モウ子さんも一応レディなんですから。
心なしか、モウ子さんは顔を赤らめて(の様に見える)顔を逸らしている。
「・・・おかしいな。」
「あ、おい!!どこ行くんだっ!!」
私は高杉さんを無視して、自分の部屋の襖をぴしゃりと閉めた。
懐から歴史書を取り出して、ペラペラとめくる。
「・・・最近、役に立たないんだよね。」
年表をたどると、白紙の部分で視線が止まる。
あの寺田屋の事件以降の歴史が、まだ浮き出して来ていないのだ。
「ちょっと、遅すぎるよ・・・もう少し早く出てきてもらわないと困るんだけどな。」
急激に歴史が変わって来ている。
そして、歴史書におこった異変。
あの事件の時も、突然に書かれている事が変わった。
そして、今度は白紙の未来。
意味なく歴史書を振り回してみる。
「おーい。早く出てきてくんなきゃ困るよ〜。この前みたいに当日とか、焦るんだからね〜。」
小娘の心情などわかってもらえるハズもなく、再び開くページは白紙のまま。
小娘は、ふうっとため息をついた。
「・・・高杉さん、今回は病気にならないのかな。」
これまで会った彼は、どんな過去でも必ず病気に苦しんでいた。
秋には必ず吐血して、冬にはだんだん寝ている事が多くなる。
それは当たり前のように訪れる悲劇。
そろそろ咳き込んでる事が多くなる時期・・・のハズなんだけれど・・・。
元気いっぱいの彼の姿に、小娘はどう動いていいのか悩んでいた。
畳の上にごろんと横になり、天井を仰ぐ。
歴史書をぽいっと投げ捨てて、胸のあたりをまさぐった。
サラシにまかれた薬をひねり出す。
高杉のために用意した結核の薬。
じっと見つめて、再びため息が漏れた。
「元気そうなのに、いきなり飲んでって言うのもなぁ・・・」
ゴロゴロと転がりながら移動し、投げ捨てた歴史書を再び手に取った。
今度は、高杉晋作のページを開いてみる。
高杉 晋作(たかすぎ しんさく)天保10年8月20日(1839年9月27日)-
日本の武士(長州藩藩士)。幕末に長州藩の尊王攘夷の志士として活躍。奇兵隊など諸隊を創設し、長州藩を倒幕に方向付けた人物。
とページの上半分に書かれている。
亡くなった日と、死因が書かれていない。
後半の白紙の部分に、これから浮き出してくるのだろうか。
「・・・これからの行動で決まるって事なのかな。」
うつ伏せのまま薬を握りしめ、歴史書を難しい顔で覗き込む。
「ん〜っ訳がわかんないっ。」
そう言って、突っ伏した時だった。
「何が、訳がわからないんだい?」
突然上から降りてくる声。
「うひゃうっ!!」
思わず変な声がもれる。
背後から覗き込む影。
「わわわわわっ!桂さんっ!いつからそこに?!」
慌てて歴史書を体の下へとしまいこんだ。
「・・・小娘さんが、ごろごろと部屋の中を転がって行くところあたりだったかな。何度か声を掛けたんだけど、返事が無かったから。」
そんなところから見られていたなんて…
恥ずかしすぎる。
「ご、ごめんなさいっ!考え事をしててっ」
桂さんはニッコリと笑って
「 『これからの行動で決まる』とはどういう意味だい?」
その質問に、たらりと額を汗が伝うのは小娘。
「あー、えっと。小説!推理小説読んでたんです!!ちょっと感情移入しすぎちゃってっ!あは、あはははは」
「・・・しょうせつ?すいり?」
首を傾げている桂さん。
「あ、それよりっ!何かご用だったんじゃないんですか?」
慌てて話を逸らした。
「ああ・・・武市君が来ているよ。私も君から直接話を聞いてみたいと思ってね。(ニコッ)」
桂さんの笑顔に、一瞬黒い物が見えた。
・・・いい話ではない。
話の内容に察しがついて、背中が冷やりとした。
「どうやら、すぐには出られないようだから・・・用意が出来たら広間へ来てもらえないかな?」
桂さんの視線は、私の体からはみ出した歴史書にしっかりと向けられていた。
私は、慌てて歴史書を体の下へと押し込んだ。
「す、すぐ行きます!」
うつ伏せのまま答える小娘に、急がなくていいよ、と言葉を残して、桂は部屋を出て行った。
********
小娘の部屋を後にし、広間へと向かう。
廊下を歩く桂は、急に足を止めて眉間にシワを寄せた。
「・・・」
先程の光景を思いだし、視線を泳がせた。
「あれは・・・」
彼女が隠した書物。
見慣れない文字で、ほとんど読み取れなかったが・・・
一瞬で読み取れた文字・・・
『高杉晋作』
そして、彼女の呟き。
『これからの行動で決まるって事なのかな』
『ん〜っ訳がわかんないっ。』
「君は一体・・・」
君ハ 何ヲ 隠シテイルノ ?
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