舞華

□第九抄
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 七人隊を打ち首にしたという主犯格を攻め滅ぼした後の城で、犬夜叉たちがそれぞれ七人隊と闘っている最中、かごめがいりすに近づいた時に、彼女を護るために自分たちの間に立っていた小さな少女。

 そのたった一度だけだったが、あの少女をいりすは「花珠」と呼んでいたのをかごめは覚えていた。

「そんなっ!!生きていて欲しくて…、それで…それで…、」

 嫌がる花珠を無理矢理、説得して逃がしたというのに。

「お前たちの動きは全てお見通しだったのだよ」

 再び悲痛な表情を見せるいりすを見下ろしながら奈落は不敵に笑う。

 そして、改めて言った。

「だが女よ、お前には猶予をやろう」
「なっ」

 奈落がいりすに提案する横でかごめが苦い声を上げた。

 全てを失くしたいりすは、もはや怒りも悲しみも何もない眼を奈落に向けた。

 奈落は花珠の骸を捨て去ると、いりすに近づいた。

 そして、かごめと共に締め付けていた肉の管を少しだけ緩めると、新しく得た妖力を以っていりすだけを抜き出し、自分の方へと引き寄せた。

 妖力によって成す術がなかったとは言え、腰に手を回され、いりすは不覚にも奈落に抱き寄せられてしまったのだった。

 そのまま奈落は腰に回してない方の手を少女の顎へと伸ばすと自分の方へと顔を向けさせた。

「そう…、その瞳。その奥に眠る冥く青い闇の感情……」

 いりすの瞳をじっと覗き込んでいると、少女の抱える闇に感情が昂り身震いした奈落は、さらに妖艶な笑みを称えた。

 いりすはその薄気味悪さに顔を逸らそうとするが、顎を押さえられているので逸らせない。

「くっ…」

 さらに、腰に回されている手をどうにか剥がそうと抗い、身をよじるがそれでもどうしようもできないでいた。

 かごめは奈落が何を言い出すのかと息を呑んで状況を見つめている。

 そして――、


「女、私の元で手足とならないか」


 奈落のその言葉に、その場の刻が一瞬止まったように静まり返った。

 かごめたちは絶句していた。

 いりす自身も、黙ってしまっている。

(何言ってんの?こいつ……)

 いりすは心の中で冷ややかにそう思っていた。

 全身の力が抜け落ちてしまうほど呆れ返っていた。

「ふっ…」
「なに?」

 今度はいりすが妖艶に笑った。

 彼女のその反応に奈落は驚いた声を上げた。

「それで、あんたの話は終わったのかい?」
「っ!!」

 奈落はさらに驚いた。

 先ほど覗き見た以上にいりすの瞳が冥く澱み冷ややかになっており、その視線で自分を射抜いてきたからだった。

 妖力を増したはずだというのに、たかが人間ごときが抱える闇の気迫に、奈落は呑み込まれそうになった。

「さっきからあんたの話聞いてたけど……」

 そう言いながら、いりすは両足の裏を奈落の身体に押し当てると、膝を曲げた。

「すっごく、気分悪いっ!!」

 そして力の限りを出して、足を蹴り伸ばし跳躍すると、奈落の腕をその勢いで解き、かごめを締め付ける肉の管へと跳び戻っていった。

 かごめは自分を締め付けるその肉の管に降り立ったいりすのことを仰ぎ見ると、初めて彼女に対して寒気がするほどの畏れを感じ、奈落が少し動揺した理由も分かったような気がした。

 いりすの瞳の中にはもう温かみというものがなかったのだ。

 それは誰をも引き寄せないほど冷酷な深く冥い澱んだ瞳だった。

 今、いりすは何を考えているのだろうか。

 かごめですらもそれを感じ取ることができないでいた。

「ひとつだけ、あんたに感謝しといてあげるよ」
「・・・・・」

 先ほどまで余裕を見せていた奈落の表情が、いりすに向けて、今は忌々しそうにしている。

「蛮と再会させてくれたこと」

 だがいりすは、奈落のことを畏れる様子もなく滔々と語っていく。

「実を言えば、黄泉の世界で蛮と会うことができなくて、ずっとさ迷い続けていたところ、光が差してきて、気づいたら蛮に会うことができたんだよね〜」

 秘めていた心の闇を解放したいりすの語り口調は、これまでのおしとやかな少女のものとは打って変わって粗くなっていた。
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