麗死蝶

□第一抄
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「ん?なんだ?」

 一つの村が焼け落ちていた。

 まだ逃げも死にもできていない人々が、何かに怯えている声が聞こえている。

 朱い炎と薄墨の煙の中で一閃、また一閃と光の筋が走り、その度に恐れ慄き苦しむ人の叫び声と唸り声がするのだ。

 人の丈以上の大きさのある大鉾を肩に担いだ青年は、焼け落ちている村の異常な様子に気づいた。

 そして、炎に包まれたその村の中へと入って行った。

 まだ炎はたくましく燃え広がり、その煙で視界は皆無。

 青年は煙の膜が薄らいだ辺りに目を凝らして見る。

 再び一閃の光の筋が走り、人の苦しむ声が湧き起こった。

 視界の悪い中、それでも青年はひらりと舞う人影を捉えることができた。

(なんだ?…刀…か?)

 光の筋の正体はどうやら刀を振るった時のもののようだ。

 そこまで捉えることはできたが、煙のせいでそれ以上のことがまだ分からない。

 光の筋が走り、人が呻くということがしばらく繰り返されていたのだが、急に何も起こらなくなった。

 その場が静寂と化する。

 青年は用心も兼ねて何者かの動きの気配を探る。

 すると――、


「まだ…いた……」


「っ!?」

 相手はその呟きと共に視界の悪い煙の中も厭わず、青年の居場所をはっきりと認識して目にも止まらぬ速さで刀を振るって飛び出して来たのだった。

 青年は、驚きはしたが気配を探っていたことが功を奏し、その特攻に対してすぐに構えの態勢を取り、担いでいた大鉾で相手からの攻撃を防いだ。

 組み合ってやっと青年は相手の姿を視認することができた。

 相手の姿は、もうずっと手入れしていないのであろう漆黒の長髪を振り乱し、身に纏う着物はたった今浴びたであろう村人の返り血と以前にも幾人もの人間を殺めてきたのか乾ききった血とで染め上げられていた。

「へぇー」

 相手は、青年が自分の一太刀を受けたことに関心した声を上げると、一旦、後方に退いて間合いを取った。

 そして、もう一度青年に向かって刀を振りかざした。

「くそったれっ!!」

 青年は引かない相手に苛立ちを覚え、大鉾を持ち上げると振り下ろされる刀に向けて薙ぎ払って返した。

 だが、その剣先を見切った相手は振り下ろそうとしていた刀を引っ込めると、身を翻して大鉾からの攻撃を回避する。

「なっ!?」

 青年は驚いた。

 何も無い空間を薙ぎ払うこととなった大鉾が迷走してしまう。

 相手は青年の意表を突いてできた隙を見逃がさず、体勢を整えるともう一度刀を振り下ろした。

「ちっ」

 青年はもう一度大鉾を自分の前へと立てて、相手の刀を受け止めた。

 相手は小柄で身軽だというのに、振り下ろされるその刀の威力は予想以上に重たい。

(見た目で侮るなということか…)

 そう思い直すと青年は気持ちを改めて闘いの火蓋を切った。
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