麗死蝶
□第二抄
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もう長いこと優しさと温かい気持ちに触れることなどなかった。
感情を出したところで助けが来ることはない。
そうした中で自然と感情が欠落していった。
幾人もの下衆な男たちの欲に塗れた表情が、脳裏に浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
囲われてからというもの、家畜に与えるような食べ物しか与えられなかった。
薄汚い欲の為だけに身体を貪られ続けてきた。
気がつけば、苦しみは消え失せ、痛みすら心に感じなくなっていった。
初めて犯された時は痛みと気持ち悪さにささやかな抵抗をしたのだが、大勢いる男たちの中でそれはなんの意味も成さなかったのである。
その瞬間に少女は諦めた。
この男たちにとって、少女が無感情になってしまっても関係はなかった。
欲望のままに自分たちが快感を得られればそれで良く、ただその為だけの道具の一つにしか過ぎなかったのだ。
だけど――、
『お前は穢れてなんかいねえ!』
そんな風に初めて言われた。
穢されてしまった。
自分でもずっとそう思っていた。
だが、そうではないとはっきりと言ってくれた。
『あ〜あ、綺麗な顔が台無しだな』
血に塗れた顔を優しく包んだその人は、自分のことを“綺麗”だと言ってくれた。
今まで、何一つ手入れをしていない自分の全貌を見たはずだと言うのに。
なんだかとても温かい。
それは野盗に囲われて以来、初めて感じた人間の温もりというものだった。
「う…ん…?」
「おっ?やっと目を覚ましたか?」
人間の温もりを実感していた少女はゆるゆると閉じていた瞼を持ち上げた。
「っ!?」
少女は、ずっと張り詰めていた糸が解けて深く眠り込んでしまっていた。
物凄く近くから男性の声が沸いて聞こえてきたなと感じていたが、その声の主に自分がおぶさっているということに気づくと驚いて顔を上げた。
「なっ!…なにっ!?ん?あ、あんたの着物に血が付いてしまってるよ!」
予想外の状況で、これまでにないほど動揺してしまった。
「あんたじゃねえよっ!俺は【蛮骨】!」
「蛮…骨……?」
少女はなぜこの青年におぶさることになったのか記憶を手繰っていた。
そして、村を潰したあとまだ“生きているモノ”の気配があることに気づいて刀を振るったのだということを思い出した。
「そうだった…。<七人隊>の…蛮…骨?」
「おう!」
少女の着物に付いていた血が自分の着物に付いてしまったことを全く気にせず、蛮骨は背中に乗っている少女の方に顔を巡らせると、爽やかな笑顔を見せた。
「お前の名前は?」
いい加減、お前と呼ぶのも億劫になって来た。
<七人隊>に勧誘したが、まだ返事はもらっていない。
それに、<麗死蝶>と呼ぶのはまた違うだろうと思ったので改めて訊くことにした。
「【麗】……」
「麗…か、」
蛮骨は少女に対する印象と同じく、綺麗な名前だなと素直に感じた。
「兎に角、そのままの姿じゃどうも身窄らしいからなー」
そう言うと蛮骨は人里離れた川の畔に麗を降ろした。
「ちょっくら、着物とか調達してくるから少しここで待ってろや」
「え?」
麗は困惑した。
「まー、去りたきゃ去ればいいさ」
「・・・・・」
「だが、俺はお前が気に入ったからな!」
どんな手段を使ってでも手に入れてやるからと言い置いて蛮骨は人里のある方に向かって歩いて行った。
去りたければ去ればいいと言いつつ、彼の相棒であるだろう大鉾をそこに置いて行ってしまった。
(・・・・・)
麗は半眼になってその大鉾を見つめた。
去ったところで仲間に引き入れる為に追いかけてくるということか、と心中でため息を漏らした。
どっちにしても今まで張り詰めていたものが緩んでおり、気が抜けてしまっていて動ける状態ではない。
野盗に囲われていた時もしっかりした物を食べさせてもらっていなかった。
その上、野盗を殺した後も転々と村を渡り歩いていた中で、まともに食事を摂っていなかったので、余計に自分の力で歩く元気は湧いてこなかった。
(・・・・・)
麗は黙ったまま空を見上げた。