麗死蝶
□第五抄
1ページ/3ページ
「よし。終わったぞ」
屋敷の外で麗骨は座っていて、その目の前には鋏を持った煉骨がいた。
蛮骨がずっと気になっていた麗骨の前髪を器用な煉骨にやっと整えてもらっていたのだった。
麗骨はまたすぐに伸びるからいいと言っていたのだが、蛮骨とそして蛇骨が整えろと煩かったので言うことをきいて煉骨にしてもらった。
「おぉ!すっきりしたな」
蛮骨はとても満足気だった。
麗骨も面倒がってはいたが、綺麗に揃えてもらうと目の端に毛先がかからず視界良好でさっぱりした気分になった。
その表情を見て取り、蛮骨はさらににんまりと笑顔を見せていた。
「ありがとう、煉兄」
「あぁ」
煉骨は返事をするとすぐに鋏を仕舞いに屋敷に戻って行った。
そんな煉骨の様子を目で追いかけながら麗骨は、彼は何を考えているのか分かりにくいなとしみじみ思った。
「麗骨ぅ!!」
「うわっ!!」
煉骨のことを観察している麗骨の背後から蛇骨が突然に飛びついて来た。
全く油断をしていたので、その勢いに麗骨は前に倒れ込んだ。
「麗骨…、大丈夫か?」
横にいた蛮骨は倒れてしまった麗骨を気遣った。
「なにすんだよ!蛇子兄っ!!」
麗骨は、共に倒れて背中に乗っかる蛇骨に向かって吠えた。
「おいおい、こんなことで油断してたら、まじでいつか殺されちまうぜ」
なんたって、残虐非道の集団と言われている<七人隊>の一員になったのだ。
代理戦争に借り出されてはいるが、その分疎まれてもいる。
いつどこで寝首を搔かれるか分からないのだ。
油断は禁物。
だが、その蛇骨の言葉に麗骨はとても静かに冷えた瞳を見せて言った。
「いいよ。私を殺せるモノがいるんだったら、殺せばいい…」
「・・・・・」
傍にいた蛮骨はそんな麗骨の様子をじっと見つめる。
そして、蛇骨が麗骨の背から立ち上がったのを見て近づくと、麗骨の腕を掴んで軽く立ち上がらせた。
「蛇骨の言うことも尤もだが…、お前はまず自分を大事にしやがれ」
「・・・・・」
麗骨は片手で軽々と自分を立ち上がらせたその力強い蛮骨を見上げた。
自分を大事にすること。
それは、蛮骨の目の前でなんの抵抗もなく全身を露わにした時に言われた言葉だ。
ヒトの普通がずれてしまっている麗骨には、“自分を大事にする”という概念が、人肌を見せるなということだけではないことが分かっていなかった。
「はぁ〜…」
蛮骨は麗骨の表情を見て大きくため息を漏らしてしまった。
自分の言った“自分を大事にする”ということの本質が分かっていなかったことを理解したからだった。
「自分を殺す奴を待つな。お前は生きようと思うんだ!俺たちだって、生きたいから、生きて楽しんでいたいからこうしているんだよ!」
人殺しが好きで、どれだけ他人から外道と蔑まれようと、力をつけてそれを発揮して生きていくこと、それが自分たちの道だと信じているからだ。
「殺されようと思うな」
「……、分かった…」
麗骨は眉間に皺を刻みつつも、蛮骨に頷いた。
そんな二人の様子を蛇骨はじっと見つめていた。
蛮骨は麗骨がどんな境遇にいたのかを自分たちに全く話していないのだ。
ただ<麗死蝶>だったと。
誰が語り継いでいったのか――。
ふと現れたかと思うと、その村の全ての命を奪う。
麗しい姿で――、
死神のように残虐で――、
蝶のように舞う――、
<麗死蝶>。
七人隊もその名を馳せ始めたのと同じ時期に、ちらほらと聞くようになった残虐非道の殺し屋。
それがまさか、こんな子どもだったとはと蛇骨も驚きだった。
だが、それだけしか麗骨のことは知らないのだ。
麗骨も語りたくなさそうにしている。
蛮骨はただ“過酷だったんだ”とそれだけを言う。
どう過酷だったのか。
実のところ、蛇骨は気になっていた。
他の連中はそこまで気になっていないようだが、あの刀の力を見せられて、そして殺しの趣向を目の当たりにしてからというもの、麗骨から目が離せないでいた。
実のところ麗骨は自分の好みに的中している。
「それにしても……」
蛇骨は自分の考えを一旦仕舞うと、仕切り直して声を掛け始める。