麗死蝶

□第六抄
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「やっぱり、来たか…」
「・・・・・」

 麗骨が襖を開けると、蛮骨が褥に座って待っていた。

「ごめん…」
「気にするな。来いよ」
「……うん」

 “麗死蝶”を胸の前で抱き締めながら麗骨は頷くと襖を閉めて、そっと蛮骨の元へと潜り込んでいった。

「なんか、変なの……」
「何が?」
「お腹が痛くて……」
「腹が?腕じゃなくて?」
「……うん」

 感情も感覚も失くしていた麗骨。

 野盗たちに弄ばれてきた中でその痛みや苦しみを感じたことがあるはずだが、麗骨はそれが意味のないものだと知るとその感覚を封じてしまった。

 それらが蛮骨と出会ってから取り戻された。

 麗骨にとって初めてのものばかりで、この痛みが何を意味するものなのか分からない。

「とりあえず、眠ってしまえ」

 蛮骨は麗骨の頭を優しく撫でた。

(これから一つずつ知っていけばいい)

 頭を撫でられながら、自分の腕の中で安らかに眠っていく少女を見ながら蛮骨は心の中で呟いていた。

(そのために、俺が見守っていてやるから…)

 そうして、蛮骨も身体を横たえると、共に眠りに就いたのだった。




∴     ∴     ∴





「う…、ん………」

 翌朝、麗骨は目を覚ました。

「・・・・・」

 やはり、下腹部に鈍痛を感じる。

 その痛みに顔を歪めながら身体を起こして、被っていた布団をめくった。

「っ!!!!」

 布団をめくった途端、麗骨は目を瞠った。

 この状況に驚きすぎて声が出ない。

 だが、よく分からない状況を整理したくて、隣に眠る蛮骨の肩を揺らして起こした。

「ば、ば、蛮兄!蛮兄っ!!」
「ん……なんだよ…」

 急に起こされて、片目を擦りながら蛮骨は身体を起こして麗骨を見た。

「なんだ?どうした?」

 寝惚け眼で見た麗骨の表情が困惑して、今にも泣き出しそうだったのだ。

「分かんない…、分かんないけど……、あれ…」

 そう言いながら麗骨は自分の足元の褥を指差した。

「なっ!?なんだ?」

 麗骨の指を差した方を見ると、彼女の足元の褥が血まみれになっていたのだ。

「どこか怪我したのか!?」

 蛮骨は焦って麗骨の全身を見る。

 麗骨の着物をよく見ると特に臀部周辺に血溜まりができているように見られた。

「〜〜〜〜〜」

 蛮骨はある一つの仮定が浮かんで、額に指を当てて少し考えた。

「・・・・・」

 麗骨は下腹部の鈍痛以外、特に変わったことはないので本当に何が何だか分かっていない。

 蛮骨が考え込んでいる様子をじっと上目で見つめる。

 そうして蛮骨が何か意を決したようで、麗骨を真っすぐに見た。

「ごめん。着物をめくるぞ」
「?」

 そう言って蛮骨は申し訳なさそうに言うが、麗骨は何とも思ってない表情を見せて、そのまま蛮骨の様子を目で追って行った。

 蛮骨は着物の裾をめくり、彼女の陰部を確かめた。

「え?え?なんで?」

 蛮骨の確かめたその部分から血が出ていることが分かった。

 麗骨は自分の身体に何が起こったのか分からなかった。

「お前、生まれて何年だ?」
「え?……そんなこと忘れて……多分、15ぐらい?」
「今までなかったんだな?」
「うん……?」

 蛮骨はまた考え込んだ。

 自分は男なので、女の事情はよく分からないが、多分、あれだろう。

 だが、それにしても今が初めてとは遅いのではないか。

 麗骨よりも少し歳若い女でも嫁いで子どもを産んでいると聞くのだが。

(いやいやいやっ)

 本当に女の事情は知ったことではない。

 蛮骨は前髪を荒く掻いたあと、もう一度麗骨を見つめた。

(こいつの境遇がそれを遅くさせたってことか?)

 人間の身体だ、あり得ないことではないだろう。

 現に、毒に耐性を持つようになった霧骨だっているわけだ。

 感情も感覚も失くした麗の身体は麗自身の身を護るためにその機能も失くした。

 それが、感情と感覚を取り戻したことによって、彼女の刻が動き始めた。

 そして始まった。

 人間としての女の身体になってきているということだ。

(だから、孕まなかったんだな……)

 野盗たちに弄ばれて何もかも失くしながらも自分の身を護ってきていた。

 蛮骨にはそんな麗骨のことをどうしても愛おしく想ってしまう。

 益々気持ちが込み上げてくる。

 だが、一先ず自分の気持ちを落ち着けると、麗骨を見つめて改めて言った。

「これはな…、お前が大人の女になったって証…だと思う。怖がることはねえよ」

 ただ、これが他の者に分かったら厄介だ。

 すぐに褥と着ていた寝間着を片付けて、麗骨は血の滴る部分をたくさんの布で覆い、いつもの水干を着た。

「まー、今の俺たちにはちと厄介ではあるが、女にとっちゃ喜ばしいことだ。あんま、気に病むな」
「う、うん……」

 とりあえず、どういうものなのかはなんとなく理解して安心した。

 だが、それにしてもこの鈍痛は厳しいなと麗骨はしみじみと思ってしまった。
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