麗死蝶

□第七抄
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(なるほどな)

 蛇骨はこれまでの二人の行動に納得した。

 初陣で血塗れになった時、二人だけで川を探して行ったこと。

 温泉を見つけた時も、皆の前では足だけ浸かっていた麗骨がその後、二人きりになると湯に浸かっていたこと。

 女であることを隠していたからなのだとやっと分かった。

 そして、蛇骨自身も思うことがあった。

 男として見ていた時と、女と分かって見ている今と――。

(俺としたことが)

 蛇骨は盃に入った酒をぐいっと飲み干すと自嘲した。

「あ、なー、その“麗死蝶”だけどさー、」

 それから気を取り直すと蛇骨はずっと気になっていた“麗死蝶”のことを聞き始めた。

「それは、妖刀か?」
「え?」

 麗骨は空になった蛇骨の盃に酒を注ぎながら、目を丸くして蛇骨を見た。

 それは蛮骨もまだ聞いていないことだった。

「あれ?話してなかったっけ?」

 麗骨は蛮骨の盃にも酒を注ぎながら、彼に確かめるように訊いた。

 蛮骨は聞いていないと首を振った。

「話したつもりになってた」

 麗骨はそう言うと、傍らに寝かしている“麗死蝶”を見下ろした。

「妖怪・“蠱屍蝶”の血が刀の鉄の中に混ぜてあるの」

 妖怪の刀鍛冶に殺されその血を材料に、鍛えられた刀・“麗死蝶”。

「妖怪が鍛えた、妖怪の血が籠められた刀。そう、これは妖刀だよ」

 麗骨は“麗死蝶”が納まる鞘を優しく撫でながらそう言った。

 蛮骨と蛇骨は妖艶な笑みを見せる麗骨に一瞬寒気を感じる。

 以前からそうだ。

 “麗死蝶”のことになると、異様な雰囲気を醸し出す。

 やはり、麗骨はこの妖刀に取り憑かれてしまっているのだろうか。

「血だけがね残ったから、この子は血を求めたくなるの」

 それが自分と同じだったのだ。

 あの日、“麗死蝶”に取り憑かれた野盗の頭目が、次々と手下たちを殺していった時に目の当たりにした血飛沫。

 野盗たちが死んでいく様。

 全てが快感だった。

 それを自らもしたいと思った。

 だから、同調できた。

 だから、取り憑かれることなく手にしていられる。

「私とこの子は一心同体なんだ…」
「そうか……」

 蛮骨は麗骨を見つめ続ける。

 この危うい感じはなんだというのだ。

 考えていること、やっていることは自分たちとは何一つ変わらないというのに、“麗死蝶”と共にとなるとこの少女の考えがとても危ないものに感じるのは、やはり、妖怪が関わっているからなのか。

「そういやあ、お前、あの時言ってたよな?」
「ん?」

 蛇骨が仕切り直して麗骨に改めて尋ねた。

『私たちが出会ってから、妖怪と対峙したことなかったから、久しぶりに出会って思うことがあったのかもしれないね』

 あれは、“麗死蝶”が妖怪を懐かしく思ったということなのか。

「んーー。本当に分かんないんだけど……。多分、そういうことかな?私とずっと人間社会の中に居たから、思い出したのかもしれない」

 あの妖怪に対して手心を加えたという感じではなかった。

 今まで、お互いに血だけを求めて進んで来ていた。

 それが自分の本来在るべきだった姿を思い出してしまったのかもしれない。

 麗骨は置いていた“麗死蝶”を手に取ると優しく抱いた。

「やっぱり、自分の矜持は守っていきたいものだよね」

 “蠱屍蝶”も刀となってから妖怪の元や人間の元を転々としてきて、その持ち主の好きなように扱われ、自分というものを失くさざるを得なくなった。

 そうして歳月を経てきて、やっと想いの通じる相手が出来た。

 “蠱屍蝶”もようやく自分の矜持を取り戻すことができたのだろう。

「一心同体…か……」

 愛おしそうに“麗死蝶”を抱く麗骨を見ながら蛮骨は呟いた。
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