麗死蝶
□第八抄
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「よいしょっと!」
麗骨は朝早くから熱心に薪割りを始めていた。
∴∴∴
蛇骨に自分が女だと露顕したその翌朝。
麗骨は朝の光を浴びて目を覚ますと、蛮骨と蛇骨に挟まれていた。
前の晩に蛮骨と蛇骨に酒の酌をしながら、自分の過去の話と“麗死蝶”の話をしたところまでは覚えているのだが、傷を治療する際に痛み止めを飲んだからか、それ以降の記憶がない。
“麗死蝶”は自分の胸に抱かれたままだ。
やはり、いつの間にか眠りに落ちてしまったようだ。
二人に挟まれているという状況に動揺が隠せない。
夜は特に邪な夢を見てしまいそうで、一人になることが嫌で蛮骨を頼って共に眠らせてもらっている。
それにここは蛮骨の部屋だから蛮骨が隣にいることは良いのだが、蛇骨まで一緒にいることが落ち着かなかった。
動揺で鼓動が早鐘を打つ麗骨はとりあえず落ち着こうと、そっと二人の間から這い出ると、自室に入って行った。
そして、寝間着から裂かれていない新しい水干に着替えると、一先ず水溜場に向かって顔を洗うことにした。
「ふぅ〜」
冷たい水に洗い流してもらい、少しだけ気持ちがさっぱりする。
それから冷えた頭で考えた。
さっぱりはしたが、まだ落ち着かないこの気持ちを紛らわすために、薪割りを始めようと閃いた。
∴∴∴
「それっ!!」
また一本、斧を振るって薪を割っていく。
ずっと薪割りを続けていて、段々と斧の重さも感じなくなり、調節もできるようになってきた。
薪割りを始めた時は腕の力だけを振るっていたが、腰の踏ん張りも加えて腕を振るうとより力が入ることが分かり、今では一発で割ることができるようになってきている。
「ふっ!!」
そうしてもう一振り、斧を下ろして薪を割る。
「おうおう、朝から精が出るじゃねえか!麗骨」
突然、声が湧いてきて、麗骨は斧を振るう手を止めるとそちらに目を向けた。
「蛇子兄…」
「おはよ」
薪を割る音を聞いて目が覚めてしまったのだろうか、それにしても目覚めの良いさっぱりした表情で蛇骨が麗骨の傍まで寄って来た。
「うるさかった?」
「いいや。蛮骨の大兄貴もまだ眠ってるぐらいだ」
「そう」
それは良かったと麗骨は安堵の表情を見せた。
「斧を振り下ろす格好も様になってんじゃん?」
「だいぶ、慣れてきたよ」
蛇骨に褒められたことが嬉しくて手応えを実感した麗骨は少し顔を俯かせて照れるように彼に言葉を返した。
「そうだな」
「っ!?」
その蛇骨はそっと麗骨の背後に忍び寄っていた。
彼の声があまりに近くて麗骨は驚いた。
「だけど、胸の傷は大丈夫なのか?」
「っ……」
蛇骨は素早い手つきで、背後から片方の手を麗骨の下腹部に添え、もう片方の手を蛮骨が縫った傷口辺りに当てた。
「そんなに腕を上げてちゃ、せっかく蛮骨の大兄貴が縫った傷口が開いちまうんじゃないか?」
傷のことを心配してくれていることは分かった。
だがしかし、今自分を抱き締める蛇骨の様子がこれまでとは少し違うように感じる。
麗骨はそんな彼が怖いわけではないが、胸の鼓動が何故だか早鐘を打ち、頬が少し熱くなるような感覚に襲われる。
蛇骨はそのまま麗骨の首元に顔を埋めた。
「っ!!」
麗骨は首に密着する彼の唇に敏感に反応する。
甘美な震えが身体中を刺激する。
「あ、いっ……」
そして、麗骨の鼓動が跳ね上がる。
ちくりとした痛みが走ったかと思うと、悦楽が頭の中を支配した。
蛇骨は、麗骨の首元から顔を上げると、彼女の恍惚な表情を見つめ、身の底から本能のままに感情が湧き上がってくるのを感じた。
だが、それを理性で押し止めると、改めて麗骨に訊く。
「なぁ、毎晩、蛮骨の大兄貴と褥を共にしていて、何もなかったのか?」
「え…?」
悦に入ってしまった麗骨は立つ力を逸してしまい、蛇骨に背を預けていた。
その態勢のまま蛇骨のことを見上げて、上目遣いにどうして毎晩、蛮骨と共に眠っていることを知っているのかというような表情を向けた。
蛇骨は人差し指で頭を掻くと、たまに夜中に蛮骨の部屋に訪ねていたことと、昨晩はずっと一緒だったので様子を聞いたことを伝えた。