麗死蝶

□第九抄
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「な〜、大兄貴ぃ。麗骨と何があったんだ?」
「い、いや……」

 朝餉も終えると蛇骨と蛮骨が並んで縁側に座っており、外の様子を見ていた。

 そして、その様子を見ながら蛇骨は素朴な疑問を蛮骨に投げかけた。

 蛇骨だけではなく、仲間の皆が思っていることだった。


――麗骨の様子がおかしい。


 蛮骨は乾いた笑いをすることしかできなかった。



∴∴∴




 朝、蛮骨が目を覚ますと、もう麗骨の姿はなかった。

 部屋を隔てている襖が開いていたので覗いて見ると、彼女の部屋にもいなかった。

 水溜場まで顔を洗いに行っているのか、それともまた朝早くから薪割りをしに行ったのか、とそう思いながら、蛮骨は一先ず着替え始める。

 そうして着替え終えると、煉骨が朝餉の支度ができたと声を掛けに来た。

「すぐに行く」

 蛮骨はいつもの様に返事をし、最後に身なりを整えると煉骨に伴って大広間に向かって歩き始めようとした。

「・・・・・」
「?どうした?煉骨?」

 だが煉骨は立ち止まっており、少し表情が固かった。

「いや、ちょっと…麗骨の様子が……」
「麗骨?……麗骨がどうしたっ!?」

 煉骨が麗骨の名前を出し、そして何か言いにくそうにしている。

 蛮骨は、麗骨が昨日の今日で、また気持ちの方がおかしくなったのかと懸念し、煉骨の肩を掴んで詰め寄って聞いた。

「なんだか、……苛立っているようで……」
「へ?苛立ってる?」

 最悪の状態が頭を過ぎっていた蛮骨は、煉骨の返答が予想外に大した様子ではなかったので、間抜けな声を上げてしまった。

 苛立っているだけであれば良いだろうと単純に思った蛮骨はそれからすぐに大広間に向かい、いつもの様に襖を開けて着席しようと入った。

「っ!?」

 だが、大広間に入った瞬間に、いつもとは異なる空気が漂ってきた。

 仲間の全員の様子がおかしい。

 気を遣っているというのか、たじろいでいるというのか、余所余所しいというのか。

 とにかく、ある一人の人物に対して、皆が一線引いて怯んでいる様子だった。

 その中心にいる人物というのが、先程、煉骨が言っていた“苛立っている様子”の麗骨だった。

 麗骨は傍目から見れば、ただ目を瞑って正座し、大兄貴の着席を待っているように見える。

 だが、普段からの様子を知っている仲間たちからすれば、確実に“様子がおかしい”のであった。

 見るからに苛々とした雰囲気を醸し出しており、気軽に話し掛け、触れようものなら、何か見えない雷撃に弾かれてしまいそうであった。

「・・・・・」

 蛮骨はなんだかよく分からない気迫に、唾をごくりと呑み込んだ。

 そこで蛇骨と目が合った。

 蛇骨も触らぬ神になんとやらと云った風に麗骨の隣で胡坐を掻いた膝に肘をついて座っていた。

 彼は“何かしょうもないしくじりをしただろう?”と視線で訴えてきているようだった。

 いや、まあ、その通りなのかもしれないのだが。

 場の雰囲気に呑み込まれそうになりながらも、蛮骨は首領たる尊厳を辛うじて保たせながら、着席し、朝餉を食べ始めた。

 当の麗骨は一言も言葉を発さず、目線すら蛮骨や蛇骨、他の仲間に合わせないまま、食べ終えると退出して行った。

「・・・・・」

 大の男が七人もいるというのに、誰一人として麗骨に関わることができないままに朝餉の時間が過ぎて行ったのだった。
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