麗死蝶
□第九抄
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「麗、落ち着け……」
蛮骨が優しく声を掛けるとそれに蛇骨が反応する。
先程、野盗の首を締めていた時にもあった。
麗骨のことを“麗”と呼んでいた。
蛇骨は腕を組んで二人の様子を見つめる。
蛮骨は、身体を擦る手を優しく掴んで止める。
「ここは、もう大丈夫だから、」
麗骨の動きが止まる。
そして、ゆっくりとした動きで顔を上げ、蛮骨の方を見つめた。
「あ、あいつら……私を、囲ってた……」
野盗の残党だった。
「っ!!?」
麗骨のその言葉に蛮骨は驚き、襖に寄り掛かって立っていた蛇骨も身を前にして驚いていた。
あの二人は、“麗死蝶”を手にして狂った頭目をすぐに見限り、自分の命を一番に逃げ去った、麗骨を囲っていた野盗の一味だった。
だから、“麗死蝶”を見て自分に気づいた。
『それにしてもなんだ?こいつが嫌がる姿は初めて見たな』
『あぁ、あの時よりもそそる表情じゃねえか』
『無駄だって』
『そんな反応が俺たちのご馳走なんだからな』
麗骨は男たちの卑しい顔を思い出すと、居ても立っても居られなくなり、勢いよく蛮骨に縋りついた。
その身体が心底震えている。
蛮骨は優しく抱き締め返した。
怯えきってしまっている麗骨の様子を見て、蛇骨は一旦、蛮骨の部屋を退出した。
蛇骨は夕餉の支度をしている煉骨の元へと向かった。
「煉骨の兄貴ぃ、俺と蛮骨の大兄貴と麗骨の分の食事はなしでいいや」
「ん?どうした?具合でも悪くなったのか?」
その場にいた睡骨や霧骨も気になったのか顔をこちらに向けている。
「あー、いいや…、んー、そうだなー、月見酒でも洒落込もうかと」
蛇骨は耳を掻きながら、適当な理由を述べた。
煉骨はそれを見逃さなかったのだが、追究する必要性もなかったので、承諾した。
「酒は持って行くぜ。あ、あと、麗骨のやつ、寄り道しちまってよー、水汲み忘れてんだ。代わりに謝っとくぜ」
「あぁ」
朝から、麗骨はなんなんだと煉骨はため息を漏らした。
それにしても、蛮骨と蛇骨が麗骨に翻弄されている感じが少し気になる。
麗骨とは一体何者なのか。
この数日、蛮骨との様子や、麗骨のことを気に掛けている蛇骨の様子を見て、煉骨はある一つの推測をしていた。
(まー、まだ様子見でいいか…)
「おう、戻って来たか?」
「酒持って来た」
「いいね」
蛇骨が蛮骨の部屋に戻って来た時には、麗骨は蛮骨の腕の中で眠りに就いていた。
「忙しい女だなー」
「ん?」
昨日は野盗を殺していくうちにとち狂ってしまい、今日は昔の野盗に襲われそうになって怯えてしまっている。
その間には蛮骨に対して怒りを覚えていた。
「今は厭な記憶で苦しんでいる」
蛮骨の腕の中で眠る麗骨の表情は安らかではなく、何かに悶えているようであった。
「言うな…」
蛮骨は麗骨を抱いたまま、縁側に出て行く。
蛇骨もそれに伴い、隣に座って月を見上げる。
「綺麗だな〜」
蛮骨が思ったままに言葉を紡いだ。
「な〜、大兄貴い、」
「ん?」
蛮骨の盃に酒を注ぎながら蛇骨が声を掛けた。
「“麗”ってなんだ?」
「あ?……あぁ」
蛇骨に訊かれて一瞬目を丸くした蛮骨だったが、そう言えばそう呼んだなと思い出すと柔らかい笑みを称えて、また月を見上げた。
「麗骨の真名だよ」
<七人隊>に加える時に蛮骨が名前を変えさせたのだ。
「親につけてもらった名前だ。大事にしてやりたいと思うよ」
「ふ〜ん」
胡坐を掻いて頬杖をついた蛇骨はそう語る蛮骨をじっと見つめた。
「でも、あんまり大事にし過ぎてたら、俺がもらいますよ」
「なっ!?」
「へへへ」
からっと笑う蛇骨に蛮骨は照れた表情を見せる。
「ったく…」
だが、そう言った蛇骨は本気であることを蛮骨は分かっていた。
「そろそろ、本気になるか…」
蛮骨は小さく呟いた。
「ん?なんか言ったかあ?」
「いいや。なんでもねえ。ほら、蛇骨!酒が空になった!」
蛇骨を誤魔化すと、盃を差し出して酒を注がせる。
そして、抱く麗骨に視線を落とした。
いつまでも大事にしてられねえな――