舞華
□第一抄
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少女が一人ぽつんと立っている。
そこは火の海だった。
(どうして?)
少女の育った村が一面に火の荒野と化していた。
少女の名は【いりす】。
炎の渦をじっと見つめたまま、呆然としている。
その瞳には意思がなく空虚ではあったが、物凄い恐怖に駆られていることは窺えた。
(父様も母様も、家の中で燃えてしまった…)
いりすにとって彼らは養父母であった。
今日まで慈しみ愛されていたとは正直言えるものではなかったが、それでも一人は寂しいものだ。
(独りは…、怖い……)
自分の置かれた状況に改めて気づいたいりすは、空虚であったその瞳に意思を宿した。
だが、目の前には絶望しかなかった。
いりすは下ろしていた手を上げて自分の視界に映すと途端に震えが起こった。
(私…、独り……)
身体中が震え始める。
それを抑えたくて、勢いよく自分の両腕を掴んだ。
芯から震える身体はそれだけでは止めることはできない。
(怖い……)
いりすは恐怖に怯える目を見開いたまま、がくっと膝から地面に崩れるようにしゃがみこんだ。
『大兄貴っ!こっちに生きてる女がいるぜ!』
燃える養父母の家の前で怯えて震える少女の背後から声が聞こえてきた。
いりすは誰なのだろうかと気になって徐ろに振り向いた。
煙で見え隠れするその視界の先には、着流しに襟巻を巻いたほっそりとした青年がいた。
青年はいりすの方へと近づくと、顔を覗き込んで来た。
男だが紅を差していて髪を簪でまとめている。
少女がそう視認した時に、目の前の青年の後方からもう一人の人物が近づいて来た。
「なんだよ蛇骨。村の者は皆殺ししろと言っただろうが」
そう少し面倒臭そうに言いながらやって来たのは、髪を後ろで三つ編みにしているいりすと同じくらいの歳の青年だった。
紅を差した青年よりは年下のようだが威厳を感じさせる。
三つ編みをした青年に【蛇骨】と呼ばれた紅を差した青年は後方の青年の言葉を聞いて思い出したかのような表情を見せた。
「あ、そうか…」
蛇骨はそう言うといりすの方に向き直り、持っていた刀を構えた。
(……終わりだ…)
いりすの脳裏に、それほど感謝もしていない養父母の顔が浮かんできた。
育ててくれていた年月の記憶は、自分の思いに反して脳裏に思い起こさせるのだなと、この状況下で冷静に思いながら、顔を伏せると目を固く瞑り、刀が振り下ろされるのをいりすは覚悟した。
だが――、
「待て。蛇骨」
蛇骨が今まさに刀を振り下ろそうとした時、三つ編みの青年が制止を掛けた。
蛇骨は動きを止めた。
そして青年が少女の元へと近づいていく。
いりすの前にしゃがみ込み、手を顎に伸ばすと無理矢理に自分の方に顔を向けさせた。
「よく見たら、こいつ、いい女じゃねえか?」
青年はニヤリと笑って少女を見ている。
「そうかぁ?俺は好みじゃないなぁ…」
蛇骨は本当に興味がないようで、両手を頭の後ろで組んで呆れた風に答えた。
「……けど、いい眼をしているのは分かる」
そう言ってにやけながら、改めていりすを見る蛇骨の瞳に一筋の光が宿っていた。
いりすは眉間に力を入れて、何が起こったのか、どういう状況になったのか、青年二人に視線を交互に送りながら考えていた。
「さすが、蛇骨だな。よく解ってる。こいつの眼は本当にいい眼だ」
どこか品定めをされているような微妙な気分になったが、いりすはそう言う目の前の青年から視線を外せなくなった。
すると、青年は急に立ち上がり、いりすを抱き上げた。
「え……」
いりすは驚き、先ほどまで恐怖に慄いていて、乾ききってしまっていたその喉から小さな声を漏らした。
「持って帰ろう!」
青年は蛇骨の方に爽やかな笑顔を向けてそう言った。
そして、いりすの方に視線を戻して、改めて言った。
「俺の名は【蛮骨】」
「・・・・・」
いりすと蛮骨との出会いであった――。