舞華

□第二抄
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「あそこが俺たちの住んでいるところだ」
「・・・・・」

 いりすは火の海と化した育った村から蛮骨たちが住むという屋敷まで、ずっと物のように彼の片方の肩に担がれていた。

 内心では自分は物ではないと文句を言っていたのだが、得体が知れない二人を警戒して黙っていた。

 村を出たあと、しばらくは森の中を進んでいた。

 もう夜なので、辺りは真っ暗。

 その為、どの道を進んで来ていたのか皆目見当がつかない。

 いりすは道が分からないので逃げてもすぐに捕まってしまうなと、森に入ったすぐに逃げ出す考えを諦めた。

 そんな真っ暗闇の道の先から少しだけ灯りが漏れてきた。

 そして木々が囲む道が拓けると、彼らの風貌からは想像がつかないほどの立派なお屋敷へと辿り着いたのだった。

 蛮骨はいりすに自分たちの住処を教えると、玄関の扉を開けた。

「おかえりっ!蛮兄っ!!」
(っ!?)

 出迎えに現れたのは、ほんの10歳くらいの少女だった。

「ただいま。【花珠】」
「・・・・、蛮兄?その女、どうしたの?」

 花のような笑顔を蛮骨に向けていた花珠と呼ばれた少女の表情が、彼が抱えているいりすの姿を視認するとすぐさまに曇っていった。

 だが、蛮骨はそんな少女の様子に気づかないようで平然と答えた。

「この女か?ちょっくら七人隊に加えようかと思ってな」

 その言葉を聞いた花珠は目を大きく見開いて驚いた。

 そしてとても傷ついた表情になった。

 蛮骨に抱えられていたいりすは少女が何かに傷ついたことに気づいていたが、彼の言葉に一つ引っかかってしまい、少女の気持ちを考えるどころではなくなった。

「え?」

 もう一度、蛮骨の言葉を思い出す。


『ちょっくら七人隊に加えようかと思ってな』


 いりすは一瞬にして血の気が引いて、顔が青ざめた。

「し、し、し、し…」
「ん?」

 今まで黙っていた少女が頭上で声を発し始めたことに気づいた蛮骨がそちらに視線を移して様子を窺う。

 そして――、

「七人隊ーーーっ!!!?」

 いりすが心底驚いた大きな声を上げた。

 その大声を聞きつけて、奥からぞろぞろと男たちが出てきた。

 蛮骨や蛇骨のように普通の人間の成りをしている者たちがほとんどであったが、人間離れした外見の者、屋敷には収まらない巨体の者もいた。

「大兄貴?何事です?」

 玄関先で何があったのかと出てきた隊の者たちが蛮骨に尋ねる。

「おうおう。全員集まっちまったか」

 蛮骨はこの状況を面白がっている様子だ。

 そして、担いでいたいりすのことを降ろすと、その肩に手を置いて皆に向かって言い切った。

「この女を今日から七人隊に入れる!!」

 いりすは置かれた彼の手を感じながら、その重み以上の恐怖心を抱いていた。

「そう言えば、女。お前、名前は?」
「え?」
「名前だよ!」

 少女が冷や汗を流していることにもお構いなく、蛮骨は顔を覗き込むと名前を聞いてきた。

 乾いた喉を潤すのに一つ唾を大きく呑みこむと、いりすは改めて口を開いた。

「いりす…」
「いりすか…」

 蛮骨が自分の顎に手を当てて、少女の名を聞いて満足そうな表情を見せている。

(私……どうなるの?)

 あの村で蛇骨に殺されている方がマシだったのではないかといりすは思った。

 七人隊――。

 それは、主君を定めることを良しとせず、戦場を求める七人の傭兵たちのこと。

 傭兵とは名ばかりで、彼らはとても苛烈にして残虐を極めていて、人を殺すことを好み、村を焼き尽くしていく、誰もが恐れ慄く殺人部隊なのだ。

 その殺人部隊が自分の育った村を襲い、全滅させた。

 今、自分はその殺人部隊、七人隊の根城に連れて来られたという訳だ。

 いりすは自分の置かれている状況に頭の中が混乱していたが、急に蛮骨に手を引かれて、はっとした。

 帰って来るなり開口一番に女を七人隊に加えると聞いて驚いた隊の者たちのことも構わずに蛮骨ないりすの手を引いて彼らの間を通り抜けると屋敷の奥へと連れていく。

 その場に残った男たちは二人の後ろ姿をただ茫然と見つめていた。

 状況を全て把握している蛇骨だけが一人冷静でいて、蛮骨の手に引かれていくいりすのことを花珠が鋭く睨みつけていることに気づいていた。

(あー、面倒事にならなきゃいいけど…)

 呆れた目を見せて天井を仰ぎながらそう思った。
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