舞華
□第三抄
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いりすが七人隊と過ごすようになってから数日。
「わぁ!すごい!」
いりすが感嘆の声を漏らしていた。
煉骨が仕立て上げた着物をいりすの元へと持って来たのきたのだった。
いりすの傍らには蛮骨もいて、その出来栄えに満足な様子を見せている。
「でも、これ…、動きにくくない?」
ここに来た初日に蛮骨が用意してくれた着物も、今回出来上がった二着もまるでお姫様が着るようなものだった。
「いいんだよ」
蛮骨はきっぱりと言い切った。
「お前は、七人隊のお姫様なんだから」
「え?」
いりすは何を言われたのか一瞬分からなかった。
蛮骨の方を真っすぐに見つめて、その真意を探る。
だが、柔らかい瞳で自分を見下ろす彼からはその意図を探ることは難しい。
蛮骨は自分をじっと見つめるいりすの髪を一束、手に取ると自分の口元に近づける。
そして、自分の唇に当てた。
「!!」
その瞬間にいりすの胸が高鳴った。
首元から頬に掛けて熱が上がってくるのがひしひしと感じられた。
(な、なに?この感じ?)
以前にも蛮骨に対して沸き起こった今までに感じたことのない気持ちの動きにいりすは胸の内で焦っていた。
「お前は戦わなくていいんだ。ここで俺のお姫様でいてくれ」
蛮骨から目が離せない。
(この気持ちは…、何?)
仕立てた着物を持ってきていた煉骨は、その二人の様子をじっと見つめていた。
自分はいりすの為に、いりすを想って仕立て上げたと言うのに、当の本人は蛮骨に翻弄されていて、出来上がりを見せた時ぐらいしか自分の方へは視線を向けてくれなかった。
蛮骨も蛮骨で、自分に着物を仕立てるように命令をしておきながら、その手柄を全て自分のものにしてしまっている。
本人にその気がないだけに、余計に質が悪い。
そんな蚊帳の外状態であったので、話し合っていた二人が見つめ合いだすと、煉骨はむしゃくしゃする気持ちを胸中に押しとどめながら、すっと階下へと降りて行った。
階下に降りた煉骨は自分の胸に手を当ててぐっと握り締めた。
そして、鋭い視線で階段の上を睨みつけた。
自分の身の内が冥く澱んでいくのがよく分かる。
蛮骨に対して、そしていりすに対して、それぞれ初めての感情に煉骨も少し困惑していた。
しかし、どうしても止められない感情が沸々と湧き上がってきてしまう。
(・・・・・)
その気持ちをぐっと堪えつつ、煉骨は自室へと戻って行った。
煉骨のその様子をたまたまそこを通りかかった花珠が隠れて見つめていた。
上の階には蛮骨といりすがいる。
花珠は苦しくなる気持ちを自分の胸に手を当てることで抑えてきた。
煉骨の今の気持ちが手に取るように分かる。
だが、この数日で花珠も色々と考えていた。
そこから見出した結論は自分自身納得するのに凄まじい葛藤を強いられた。
そうして納得をした今、煉骨の横恋慕に自分も注意して見張っておかなくてはいけないなと思った。
その頃、煉骨が去って行ったことにも気づいていないだろう二人はその後もしばらく見つめ合っていた。
いりすはどうしたらいいのか逡巡していたのだ。
だが、熱い蛮骨の瞳に絡めとられて目を離すことができないでいる。
しばらく刻が止まったような時間が過ぎていく。
その刻を動かしたのは蛮骨だった。
蛮骨は持っていたいりすの髪の束をそっと離すと、その手を今度は彼女の顎の方へと動かした。
そして、顔を近づけて、唇を重ねた。
「っ!!」
身動きが取れずにいたいりすは、蛮骨の無駄のない動きにされるがままに口づけを交わすこととなった。
蛮骨は唇を重ねたまま、もう片方の腕をいりすの腰に回すと身体を抱き寄せて、さらに深く口づけをする。
「ん……、」
初めてのこと。
初めての感覚。
いりすは抗うこともできず、身体の力が抜けてしまう。
唇が離れた。
「たまんねえな」
艶っぽい瞳を見せるいりすに蛮骨は堪らない気持ちになる。
何が起こったのか把握すらできないいりすは、蛮骨の腕に縋って立っているだけで精一杯の状態だった。
ただ分かるのは、とても気持ちが良かったということ。
「蛮…骨……」
蛮骨の腕に縋って必死で立っていたいりすは、遂には膝をついて畳の上にしゃがみ込んでしまった。
しゃがみ込んでしまういりすを蛮骨は支えながら一緒に膝をつく。