舞華

□第四抄
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「いりす…」

 花珠が逝ってしまってからというもの、いりすはずっと抜け殻のようになっていた。

 自分が呼びかけても反応せず、食事さえも自身ではままならないいりすの状態に蛮骨はどうすればいいのかと考え続けている。

 いりすが思い詰めてしまっていることは分かっている。

 あのあと煉骨を問い質した。

 どんどんと蛮骨と親密になっていくいりすを自分のものにしたくて襲っていたところに花珠が止めようとして来たのを振り払ったと全てを赤裸々に話した。

 全ては煉骨が要因なのだ。

 だが、いりすは煉骨に警戒していたとは言え、無防備にも一人で外に出てしまった。

 自分がそうしなければ、花珠が様子を見に出てくることもなく、煉骨に振り払われて頭を打って死ぬこともなかったといりすはそう思って心を閉ざしてしまっている。

 いりすも花珠もここの暮らしが幸せだと感じていたからこそ、一番幼い花珠に長く生きていて欲しいと思っていたいりすは自分を追い詰めている。

 蛮骨はそれが分かっているのに、いりすの閉ざした心を開く術が思いつかないのだ。

 そんな自分に腹が立っている。

 煉骨のことは忌々しく思うが、七人隊の頭脳派であるので、今はまだ生かしているというところだ。

(どうすれば……)

 どうすれば、いりすの心は戻って来るのか。







 それから数日が経ち、いりすの様子は変わらないまま、仕事の依頼が舞い込んできた。

「いりす…、俺たち、仕事に行ってくるな」
「・・・・・」

 やはり、いりすの心は閉ざされたまま戻ってこないでいた。

 蛮骨は心配であったが、皆の出動準備が整うともう一度声を掛けて出て行った。

「いりす…。帰って来たらまた話そうな……」



 そして、数刻が経った時、濡れ縁に腰かけて外をただぼうっと見つめているいりすの眼前に花珠の霊が姿を現した。

「・・・・花珠?」

 花珠が死んでから初めていりすが言葉を紡いだ。

『いりす姉…、もう私のことで悔やむのは止めて…』

 花珠は心配そうな瞳でいりすに言葉を掛ける。

『思い出して。蛮兄のこと』
「蛮……?」

 虚ろだったいりすの瞳が少しだけ動いた。

『早く目を醒まして!!そして、蛮兄たちの元に行って!!』
「蛮……」

 花珠の悲痛な叫びで、いりすの瞳にやっと光が戻ってきた。

「蛮っ!!!あ、あれ?」

 閉ざした心が解放されて意識を取り戻したいりすは自分が今まで何をしていたのかを思い出していた。

 朧ろ気な記憶の中で蛮骨が何度も声を掛けてきてくれたような気がする。

 その蛮骨は今どこに?

『いりす姉……良かった…』

 霊の姿で現れた花珠は安心した表情になった。

「そういえば、仕事に行くとか言っていたような……」

 蛮骨が声を掛けて出掛けて行ったことをなんとなく思い出したいりすは花珠の方を勢いよく見た。

『いりす姉、急いでっ!!蛮兄たち騙されたの!!殺されちゃう!!』

 花珠のその言葉にいりすは弾かれたように羽織っていた袿を脱ぎ捨てて、外に出て走り出した。

 蛮骨たちが向かった場所に花珠が心に語り掛けながら案内してくれている。

 気持ちが焦る。

 以前にも抱いた不安が込み上げてくる。

 森の中を走り抜けて行く。

 するとちらほらと白い粉が空から舞い降りてきた。

(お願い……)

 舞い降りてくる雪にいりすは願った。

(蛮…、生きててっ!!)

 雪は強くなり、次第に地面を覆っていく。

 気が付けば、あの時のように幻想的な一面真っ白い光景へと姿を変えていた。

 そして、花珠の心の声に誘なわれるままに、森から拓けた場所に飛び出し、真っ白い雪の上をさらに走り抜けて行く。

 少し騒がしい声が聞こえて来た。

(あそこに、蛮たちがいるの?)

 そう思ってさらに駆けて行くと、真っ白い雪を紅く染め上げて倒れているのが目に飛び込んできた。

「蛇骨…、煉骨…、みんなっ!!」

 蛮骨以外の七人隊が力なく累々と倒れていたのだった。
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