舞華
□第八抄
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(ちくしょう…、しくじった…)
煉骨が一人、流れが緩やかになっている川の中を歩いていた。
(鋼牙の足の四魂のかけらを奪えなかった…)
煉骨は銀骨とともに鋼牙を殺しに行っていたが、銀骨の砲弾を利用されて爆発に巻き込まれ、そこから逃げることに精一杯となり、鋼牙を殺ることができなかった。
だが、それから煉骨は爆発に巻き込まれて動けなくなった自分の身体に銀骨の四魂のかけらを使って癒すと、鋼牙の足の四魂のかけらを狙って追いかけた。
そこに犬夜叉たちも現れて、結局、四魂のかけらを奪うことができないまま、逃げ帰ることとなってしまった。
(俺が、銀骨の四魂のかけらを使っていることがばれたら…、俺は蛮骨に殺される……)
そんな風に考えていた煉骨が川岸に上がった時、自分の目の前にある人物がいることに気づく。
「っ!!!」
それは昔、心底愛しいと思った女性。
いや想いは今も続いている。
いりすがそこにいた。
いりすは少し苦しそうな表情を必死に隠し、大岩に腰かけて煉骨のことを真っすぐに見ていた。
「いりす?」
どうしていりすが一人でここにいるのか。
しかも、どう考えても自分を待っていたようにしか見えない状況である。
「煉骨…。銀骨が殺られちゃったんだって?」
「え?あ、あぁ……」
いりすの言葉に耳を傾けながらも、思考を動かすことを止めないでいる煉骨。
「睡骨も…、死んじゃった……」
気怠そうにいりすは煉骨に話し続ける。
そんな姿も全て自分のものにしたいと慕い想う女性。
四魂のかけらの力で甦り、再会したその時からずっと、蛮骨の手から奪い取りたいと心の奥底に押し込めていた感情が、沸々と湧き上がってくるようだった。
「試してるのよ…」
「え?」
いりすは思考を巡らせているだろう煉骨の様子を見て言った。
「あなたが今も尚、蛮の下で動ける要員であるのかどうか…」
「・・・・・」
煉骨は一瞬でも頭を過ぎった自分の浅ましい情に図星を突かれたように思い、少し動揺した。
いりすの瞳には冥い炎が燃えていた。
昔のことを思い出したのかもしれない。
煉骨に襲われたことを。
「だから、私を差し向けて試しているのよ…」
静かに言ういりすの様子が煉骨にはとても薄気味悪く感じられた。
少女が闇を抱えていることは分かっていた。
だが、それでも知らなかった。
この少女がここまで冥い闇を秘めていて、ここまでの畏れを抱かせるほどだということに。
(蛮骨や花珠は気づいていたのか?)
昔も今もいりすの一番近くにいた二人は、知っていたのだろうか。
「よぉ、煉骨」
「っ!!」
いりすの畏れに怯んでいた煉骨は、さらに蛮骨が現れたことに一瞬にして緊張が走った。
「いりす、大丈夫か?」
煉骨を呼び掛けながら、いりすの傍らに立った蛮骨は少女を自分の方にもたれ掛けさせて身体を気遣った。
「いりすから聞いたか?」
「あ、あぁ」
「残念だったなあ。お前が頑張って、銀骨を立派に改造したのにな…」
蛮骨は少し眉を垂らしながら煉骨に言った。
そして、改めて煉骨に視線を向ける。
「でも良かったよ。せめてお前が生きてて…」
「・・・・・」
煉骨は蛮骨の真意を探った。
自分はまだ信用されているということなおのだろうか。
怪訝に思っている煉骨の様子に、蛮骨は構わずに彼に近寄った。
「これからますます頼りにしてるぜ」
肩に手を置いてそう言うと、蛮骨はすぐに踵を返していりすの元に戻り、彼女を抱き上げると煉骨の前から去って行った。