麗死蝶
□第三抄
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蛮骨は、少女が自分と距離を取ってからその着物を脱いで身体を洗い始めるものだと思っていた。
だが、予想に反して恥ずかし気もなく自分の目の前で血に染まったそれを脱ぎ捨てたのだ。
「馬鹿野郎!」
「え?」
蛮骨はそう言うと、麗が脱ぎ捨てた血に塗れた着物を拾い上げて彼女の肩に掛け、露わになった全身を一旦覆った。
麗は何が起こったのかと全く分かっていない表情を見せている。
「いきなり衣を脱ぎ捨てる奴があるかっ!お前は女なんだぞ!?」
「そんなこと…、」
気にしたところで今更だ。
麗は淡々と蛮骨に告げた。
「っ!!?」
蛮骨は衝撃を受けてしまった。
齢15ほどの少女が衣を纏わず生まれたままである姿を、出会って間もない男の前に晒し出しても気にもならないと言ったのだ。
一瞬にして蛮骨は苛立たしい、腹立たしい、そんな気持ちになり、頭の中で湯が沸き立った。
自分を見つめたまま黙ってしまった蛮骨に首を傾げながら麗は見つめ返している。
殺しても尚、無意識に野盗たちの思念に囚われ続けていた少女。
その無意識に蛮骨が語りかけたことにより、それに気づいて解放された麗はすっきりとした雰囲気を纏うようになっていた。
今もこうして話している間も屈託のない少女らしい色んな表情を見せているというのに。
野盗たちに囲われ、慰み者として扱われていた歳月が根深く付き纏い、彼女の貞操観念を狂わせている。
蛮骨は堪えられずに、突如として麗を正面から抱き締めた。
「なに?どうしたの?」
麗は突然の彼の行動に驚いた。
「今更なんかじゃねえ!お前はまずお前自身を大切にすることを覚えろ!」
「っ!?」
麗は蛮骨のその言葉に目を大きく見開いた。
モノ同然だった自分は、
まず意思を失くした――。
それから感情を失くした――。
そして、自分を失くした――。
そんな自分のことを蛮骨は力強く抱き締めつつ、優しく包み込んでくれる。
自分は“モノ”なのではなく“麗”なのだと教えてくれる。
麗は蛮骨の温かい言葉を噛み締めると、そっと彼の背中に手を回した。
「……分かった…」
「・・・・・」
麗が自分の言葉を受け取って頷いたことに安堵した蛮骨は、腕を解くと顔を見合わせた。
蛮骨は麗に対して背を向けて“蛮竜”に寄り掛かって待つことにした。
そうして、身体を洗いに行くように促す。
麗は、まず髪を洗おうと川岸に膝をついた。
「・・・・・」
そして、ふのりの入った容器を見つめて考え込んだ。
少しの間、じっと容器を見つめていた麗は徐ろに立ち上がると、“蛮竜”に隠れて座って待っている蛮骨の元へと踵を返す。
「ねぇ…、蛮骨…」
「ん?なんだ?早いじゃねえか……って!おいっ!!」
声を掛けられた蛮骨は立ち上がってから麗の方に振り向いた。
麗は何一つ変わった様子はなく、ただ肩から羽織っただけの血まみれの着物は前を重ねていないままで、正面の肌が露わになっている。
身体を洗うので腰帯をわざわざ締めていなかったのだ。
さすがの蛮骨も改めて目の当たりにすると、鼓動が早鐘を打ち動揺してしまう。
「どうやったらいいのか…、分からない…」
麗は動揺している蛮骨に気づかず、ぽつりと呟くように言った。
動揺が収まりきっていない蛮骨であったが、そう言われて改めて納得した。
野盗に囲われていた時から今まで、髪は伸ばすに任せ、着物も成すがまま。
肌さえも砂埃や煤でもはやこびりついてしまっているのではないだろうかというような様子である。
身体を洗うということをしたことがなかったのだろう。
蛮骨はひとつため息まじりに笑みを零した。
「しゃあねえな〜」
そう言うと、麗と共に川岸まで向かって行った。
「髪の先を洗ってから段々と頭の方を洗っていくからな」
次にする時は自分でできるようにと蛮骨はやり方を教えながら髪を洗い始める。
手に取ったふのりを揉むようにして髪に染み込ませていく。
髪全体に塗布すると、次は顔を水面のぎりぎりまで近づかせて、川の水の中に髪を浸からせてふのりを丁寧にすすぎ落としていく。
頭の方は何度も水をすくって掛けて流していった。
「よし。汚れは粗方落ちたな」
蛮骨は満足そうに言った。
「・・・・・」
麗は自分の髪を見つめた。
確かに、血と砂埃と煤とにまみれて艶やかさを失っていた髪が、見た目からして綺麗になったと分かるほどになった。