麗死蝶
□第四抄
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その違和感の正体がすぐに分かった蛮骨は、自分の股に顔を埋める麗骨の肩を掴んで起き上がらせた。
「っ!!!」
麗骨は驚いた顔をしていたが、その目はどこか虚ろで、まだ夢の続きにいるような雰囲気だった。
「ちっ…」
蛮骨は舌打ちをし、苦い表情を見せる。
麗骨が蛮骨の足元に頭を預けたのは甘えに来たのではなかった。
彼の股に顔を埋めて、その陽物に舌を這わせて刺激し始めたのだ。
蛮骨は甘美に酔いそうになった。
だがそれを理性で止めた。
そうでなければ、彼女はそのまま貪りそうな勢いだった。
(まだ、囚われ続けるのか……)
禊として川に入って物理的だけでなく心理的にも身体を洗い流しても、麗骨の心の傷は深く深く、それだけでは拭いきれないもののようだ。
麗骨の無意識の中に居残り続ける忌まわしい習慣が蛮骨には衝撃的過ぎた。
目の当たりして、すぐにはどうしようもできないという現実がとても口惜しく思う。
「麗…、麗っ!!」
忌々しい気持ちが嵩増ししていく中、蛮骨は麗骨のことを“麗”と真名で呼び掛けた。
「麗…、麗…、麗っ!!!」
「っ!!!?」
何度も何度も呼び掛けてようやく、麗骨は虚ろな目に意識を取り戻して光が宿った。
蛮骨へと焦点が合い、そのままじっと黙って見つめていた。
「やっと正気に戻ったか……」
蛮骨は安堵の息を漏らした。
「………して……、」
「え?」
麗骨が乾ききった喉で必死に何かを言った。
蛮骨が聞き返すと麗骨は彼に飛び付き首元に顔を埋めて、もう一度必死に言った。
「私を、あなたで満たしてっ!!」
「っ!!?」
悲痛な叫びだった。
それを言い終えるや否や、麗骨はそのまま蛮骨の首元に舌を這わせようとする。
蛮骨は一瞬、快感で身震いするが再び彼の理性がそれを続けさせなかった。
「やめろっ!」
「っ!!!」
麗骨は再び肩を掴まれ、行為を止められてしまう。
「もう、そんなことしなくていいんだよ!」
自分が嬲られていただけでなく、男の快感を引き出すことまでも強いられていたことが、同じ男として心が痛い。
「じゃぁ、どうすればいい?……気持ち悪い……」
そう言いながら麗骨は自分の腕をきつく引っ掻くように擦り始める。
寝間着の上からと言えど、その柔肌に傷がつきそうなほどひどい擦りようだった。
「こんなことなら、感情なんて、思い出さなければ良かった……」
気持ち悪くて仕方がない。
苦しくて仕方がない。
こんな思いをしなければならないのであれば、感情を忘れたままの方が楽だった。
蛮骨の心痛がまた深まる。
感情を思い出したとたんに、ここまで追い詰められてしまうとは。
「そんなこと言うなよ、麗骨」
村を襲い、死神と怖れられた麗骨だが、本当は“麗”という名の少女なのだ。
見える汚れは川の水に流してもらっても、その心の中に棲みつく穢れはやはり簡単には流れないものなのだなと蛮骨は思い直した。
そして、優しい口調で諭すように話し始めた。
「感情は確かに良いことばかりじゃない。今、お前が感じているように、気持ちが苦しくなることは、誰にでもあることだ」
それは蛮骨にもあり、七人隊の仲間も皆味わってきていることだ。
「もちろん、気持ちが楽しくて、嬉しいと思うことの方が気持ちも楽で良いが、同時に苦しいことも感じるからこそ、俺たちは“生きてる”って感じるんだぜ」
「・・・・・」
胡坐をかく蛮骨の目の前で麗骨は床に手をついて座り込んだ。
「今、嫌なことを思い出して気持ち悪くて、苦しい気持ちになってどうしようもうないって言うんだったら、……泣けっ!!」
「っ!!?」
麗骨は目を瞠った。
「泣け!泣いてしまえ!!」
つらいと思った時はそれが一番の気持ちの解消法だ。
蛮骨は目を見開いて固まってしまった麗骨の頭に手を添えて自分に引き寄せた。
「泣くんだよ…」
麗骨は蛮骨の胸に顔を埋めると、やっとその目から涙を落とすことができた。
(泣くことが下手糞なんだよな……)
蛮骨は、出会った時も蛮骨が気持ちを代弁してようやく涙を流していたことを思い出す。