麗死蝶

□第十一抄
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 朝の光が障子を通して差し込んできて、煉骨はすっと目を覚ました。

 眠りが浅かった。

 脳裏には、思いもよらず確証を得た昨夜の出来事が思い起こされていた。



 昨日は傭兵の依頼を受けて赴き、それを終えて屋敷へと帰り着いた時、自分たちが帰宅したことを、留守番をしているはずの人物に蛮骨が大声を出して知らせた。

 だが、何も返ってこなかった。

 その不自然な静けさに、突然にして蛮骨と蛇骨が慌てて部屋の奥へと向かって行ったことが、煉骨は気になって仕方がなかった。

 確かに屋敷の中からは、人の気配が全く感じられず、煉骨も他の仲間と同様に、麗骨がどこかへ出掛けたのではないかぐらいにしか思わなかった。

 だが、彼らが血相を抱えるものだから、そうは思えない何かがあったのだと考えさせられてしまう。

 ただし、気になる行動は何も昨日のことだけではないのだ。

 麗骨が<七人隊>に加わってからも何度か依頼を受けてきた。

 その闘いの中で血を浴びて全身を血塗れにしたり、自身が傷ついたりすることがあった。

 その度に、蛮骨は仲間たちに何かしら指示を出して、その場から遠ざけるようにして、最終的に二人だけになることが多かった。

 温泉を見つけた時も、二人だけで残っていた。

 宿を見つけたあとにそこを知らせる為に、蛇骨を彼らの元へと向かわせた。

 その時のことを蛇骨に聞くと、麗骨は湯に浸かっていたと云う。

 皆でいた時は、温泉に入るような素振りを全く見せなかったというのに。

 もし襲撃に遭った時に対応できるように自分は皆と一緒には入らなかったというのが麗骨の言い分だったそうだが。

 本当にそうなのだろうか――。

 麗骨には、自分たちに知らされていない何か秘密の事情があるような気がしてならない。

 その疑いがより増したのが、ここ数日のことだ。

 何かがあったのか、それとも本当に朝寝坊なのか、麗骨が朝餉の刻に広間に姿を見せなかった昨日――。

 屋敷にいなかっただけであれだけ蛮骨と蛇骨が血相を抱えたのだ。

 やはりその前日に自分と代わって水汲みに行った麗骨に何かが起こったのだろうと考える。

 煉骨は、慌ただしく麗骨を探しに行ったのだろう二人が屋敷を出て行った後、屋敷の奥の方へと歩いて行き、麗骨の部屋の前で立ち止まった。

 その部屋の襖は開けっぱなしで、二人の焦りようが伝わってくるようだった。

 だが、どうしてそこまでする必要があるのだろうか。

 麗骨は単にどこかに出掛けに行っただけかもしれない。

(そういう状況ではないってことだよな…)

 ついこの間も苛ついていた様子があったことだし。

 そうして、あれこれと状況を整理していくと、ふと部屋の中の押入れが開いていることに気づいた。

 そして、その下にはいつも麗骨が着ている漆黒の水干が脱ぎ棄てられていた。

 煉骨は部屋の中に入り、なんとなくその押入れの中を覗いてみると、思いがけないモノが仕舞ってあったので驚いた。

(ほぉ…)

 煉骨はそれを手に取って広げた。

 自分の疑いを確信へと導く一つの道標だった。

 押入れの中には、菫色と菜の花色の女物の着物が畳んで置いてあったのだ。

 何故、女物の着物が置いてあるのか――。

 そんなこと考えることでもない。

 煉骨は一旦、自室に戻ると、蛮骨たちが帰って来るのを待つことにした。



 そうして、夕暮れ時も過ぎて夜が更けていった時分に、屋敷の中をそっと歩いていく足音が聞こえてきた。

 そろそろ待ちくたびれてきていた煉骨は、褥に身体を寝かせようとしていたところだったが、その音を聞きつけて耳を澄ませて様子を窺った。

 自分の部屋の前を通り過ぎて、奥の方へと進んで行く。

 その足音が三人分だと分かり、やはり蛮骨たちが帰って来たのだと思った。

 煉骨は、三人が過ぎ去り、少ししてから自室をそっと出た。
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