麗死蝶
□第十二抄
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「はぁ〜、気持ちいいな〜」
麗骨は、凶骨の掌に乗って高くまで上げてもらうと、上空の澄んだ空気で深呼吸をした。
今回もまた凶骨と一緒に鍛錬を小休止して、そこから見える景色を楽しんでいた。
狂乱したあの日から数日が経ち、麗骨は以前のように、薪割りで筋力を鍛え、鍛錬で兄貴分たちと自分の力のみで闘う実践を積み重ね、そして大名の依頼には必ず参加するという日々を送っていた。
凶骨の大きな掌の上で、膝を両腕で抱えながら座り、景色を眺める麗骨。
<七人隊>に入ったばかりの頃の麗骨の瞳は昏がりの中に彷徨っていた。
それが今はとても晴れやかになっている。
凶骨はそんな麗骨の横顔を眺めながら、同じ男だというのに、なんだか見惚れてしまっていた。
「ん?なんだ?凶兄?」
麗骨は凶骨にまじまじと見られていることに気づいた。
「い、いや…。ただ……」
男に見惚れてしまっていたことに自分で気づいた凶骨は少し照れ臭くなり、誤魔化すように麗骨から顔を一旦逸らすと、言いにくそうにしつつも続けて言った。
「この前、睡骨の兄貴も言ってたが、少し雰囲気が変わったなと思って…。やっぱり何かあったのかなと……、」
「うーーん、」
麗骨は、そんなに変わったのだろうかと少し考えたが、思い当たることは蛮骨と蛇骨の存在の大きさと、この<七人隊>が仲間で居場所だということだった。
「凶兄はいいなぁ」
「え?」
「だって、いつもこの景色を見てるんだろう?」
凶骨は立ち木の2倍以上ある体躯で、普通の人とは違う目線で物事が見えている。
だが、普通の人と同じ麗骨は、凶骨の手から降りればその視界は一瞬にして森に閉ざされてしまう。
これまで広い世界を知らなかった自分は、ずっとその狭い世界の中で生きてきて、それが全てだと思っていた。
蛮骨が<七人隊>に出会わせてくれたお陰で自分の狭かった世界が少しずつ広げられてきている。
蛇骨に出会い、蛮骨が見せてくれるものとは違う世界を見せてくれて、凶骨からは世界の広さを視覚的にも見せてもらった。
「これまでの私は、なんて小さな世界の中で足掻いていたのかと思ったんだ」
世界は広い。
麗骨はもっと心を広く持てば、過去の因縁も断ち切って、先の世界へと進んでいけるのではないだろうかと考えられるようになったのだ。
「小童から、少し大人になったんだな」
「小童って言うなっ!」
凶骨がからかい交じりで麗骨に言った。
だがそれは、麗骨の話を聞きながら、凶骨が率直に思ったことだった。
<七人隊>に来たばかりの時は、本当に子どもで世間すら知らない、ただ人を殺すことだけを求めている獣のような印象だった。
だが、今の麗骨は少し殻が破れて大人への一歩を踏み出したように感じられる。
『おーーい!こらっ!ま〜た、さぼってやがったな!』
「げっ!見つかった…」
そうしていると、下の方から麗骨たちを呼び掛ける声が湧き上がってきた。
蛇骨だった。
「もう、夕餉の時間だから戻って来いっ!」
「はーい……」
凶骨の掌から下にいる蛇骨に顔を覗かせながら、麗骨は少しおざなりに返事した。
「ありがとう。凶兄」
麗骨が凶骨に向き直ってそう言うと、彼はそっと手を地面へと下げて、麗骨を降ろした。
それから、凶骨は屋敷の庭の方へ回って行き、麗骨は屋敷の入り口へと駆けて行く。
『…7……8…?』
「ん?」
屋敷まで駆けて行く途中で、麗骨は不意に足を止めた。
「どうした?麗骨?」
二人を呼び掛けてから屋敷の入り口で待っていた蛇骨が、急に止まった麗骨に声を掛ける。
麗骨は、蛇骨に答えずに、さっと振り返った。
(まただ…)
また、何者かの気配がする。
何者かに見られている気がしたのだが、またしても一瞬でその気配が消え去った。
(嫌な予感がする…)
この前に感じた時は、蛮骨の姿を見て勝手に有耶無耶になってしまったのだが、これで二回目ということは、気のせいではないだろう。
自分の勘が警鐘を鳴らしている。