舞華
□第二抄
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いりすは蛮骨の手に引かれるままに屋敷の奥へと進んでいた。
蛮骨の、男性の歩幅と速さでどんどんと奥へと連れられるいりす。
大きな彼の背中を見つめながら、何か声を掛けるべきなのか、黙っているべきなのかいりすは思案する。
『この女を今日から七人隊に入れる!!』
そう告げられた隊の者たちは皆、困惑している様子だった。
この男は何を考えているのか。
いりすも困惑してしまっている。
そんなことを考えていると、蛮骨は立ち止まり、いりすの方を振り返った。
「湯を沸かしてある。ゆっくりして来い」
「え?」
振り向いた蛮骨は、驚いているいりすの頬に手を添えて真っすぐに見つめる。
「煤で汚れた顔や身体を綺麗にして来い」
付いていたのであろう煤汚れを落とすように添えられた蛮骨の指がいりすの頬を撫でる。
「その着物ももう脱ぎ棄ててしまえ」
さらに蛮骨は、これまでの生活で薄汚れひどく傷んでいるいりすの着ている着物を指差して言った。
「新しいものを置いておくから」
そう言うといりすの肩に手を置いて、湯を張っている部屋へと押し入れた。
男の力に抗えないまま、その部屋に入ったいりすの後ろで蛮骨が戸を閉めた。
「・・・・・」
本当に、色々なことが唐突に進んでいく。
孤児となってしまったいりすはあの村の養父母に拾われ、毎日余裕のない生活をしてきた。
拾われた時には、すでに養父母は共に高齢であったため、ただの働き手として拾われたようなものだった。
そのため、扱いはとても冷めていた。
だが、いりすは養父母から、優しさや愛を求めようとは一切思っていなかった。
衣食住があるだけで十分だと考えていたからだ。
この時代の中ではそれすら叶わない人々がごまんといることを知っている。
なんの変哲もないそんな日々を過ごして歳を重ねていくものだと思っていたところに、やって来た蛮骨と蛇骨。
いりすの最低限の生きていく為の居場所がなくなってしまい、一瞬は絶望を味わったのだが、どういうわけか、今、とても快適な状況である。
いりすは湯をその長い髪に注ぎ、身体にも流して温まりながら、ずっと考えている。
蛮骨が何を考えているのか。
自分を隊に入れて、どんな利益があると思っているのだろうか。
「・・・・・」
やはり、考え続けていても答えは出てこない。
いりすはもやもやとする気持ちの中、全身に思う存分湯を浴びせてこれまでの生活でこびりついていた泥を落としてさっぱりとした。
そして、蛮骨が用意してくれた着物に袖を通した。
新調のようで布の感じが少し固い。
桃色を基調としたその着物は、これまで着ていた着物とは違って足の踝まである丈のもので、さらに袿を羽織るとその裾が床をこすっている。
(まるで、お姫様のような…)
初めての感覚にいりすは心を奪われて少し気の抜けたような表情になっていた。
「いりす、着替えたのか?」
「っ!?」
惚けていると戸の外から蛮骨に声を掛けられて、いりすは心底驚いた。
油断していたいりすの様子を知らない蛮骨は戸を開いた。
「・・・・・」
蛮骨はいりすの姿を見た途端に、目を大きく開かせた。
いりすは、自分を見た途端に呆然としてしまった蛮骨がどうしたのかと不安になり、そっと自分の帯に手を当てながら彼の様子を窺い見た。
「想像以上だ…」
「え?」
蛮骨がぼそりと呟いた。
「綺麗だ」
遠回しにせずに率直な蛮骨の言葉にいりすの胸が突然に高鳴った。
(な…何?)
あまりにも唐突に沸き起こった初めての感覚に、いりすは戸惑った。
胸の高鳴った正体がなんなのか分からないが、胸の鼓動は早鐘を打ち、落ち着かないでいる。
いりすは胸に手を動かし、ぐっと握り締めて高鳴っていく自分の気持ちを抑えようと必死になった。
そんな彼女の様子に気づかないまま蛮骨はいりすの顎に手を添えて自分の方へと顔を向けさせる。
「お前は俺の女になるんだ」
はっきりとそう言うと、いりすの額に口づけをした。
いりすは何が起こったのか一瞬、分からなくなった。
頭が真っ白になっている。
「さ、夕飯にしようぜ!」
蛮骨は満面の笑みを称えて、またいりすの手を引いた。